第15話 田中、謝罪する

「も、申し訳ない。悪気はなかったんです」

「ゔう……ひぐ……っ」


 必死に宥めようとするが、エルフのリリシアは依然泣き続けている。

 参った、どうすればいいんだ……?


"わァ……ぁ……"

"泣いちゃった!!!"

"せんせー、田中くんが泣かせました"

"シャチケンめっちゃ困惑してて草なんだ"

"このエルフ、あまりに萌え属性が多い"

"泣き顔かわいい"

"責任取れよ"

"いーけないんだいけないんだー"

"まあ簡単に折れる宝剣サイドにも問題はある"

"いやシャチケンが悪いだろ。あいつの体はサファイアドラゴンの鱗を砕くくらい硬いんだぞ"

"鱗くん懐かしい"

"鱗くん元気にしてるかな?"

"鱗くんなら俺の隣で寝てるよ"

"相変わらずの鱗くんの人気に嫉妬"


 コメント欄は相変わらず好き勝手な言葉で溢れている。

 くそ。物理で解決できないことは苦手だ。いったいどうすればいいんだ。俺は頭を捻りまくりある考えに思い至る。


「そうだ。腕のいい鍛冶師を知ってるんです。その人ならきっとその剣も直せます」

「ひぐっ、ぐすっ……ほんと?」

「は、はい。約束します」

「……わかった。しんじる」


 ぐす、と鼻を鳴らしながらもリリシアは泣き止んでくれる。

 ほっ、助かった。

 申し訳ないけど薫さんには頑張ってもらうとしよう。前に剣を折った時も直してくれたし、きっと今回も綺麗に直してくれるだろう……たぶん。


「……取り乱して悪かったわ、謝罪する。改めて自己紹介するわ。わらわは聖樹国オルスウッドの姫、リリシア・オルフェウン・オルスウッド。よろしくねタナカ」

「はい、こちらこそよろしくお願いしますリリシアさん」


 剣を折られて冷静になったのか、リリシアさんは友好的な態度になる。

 これならなんとか会話ができそうだ。よかった。


「えーと、これからはどうしましょうか? ひとまず私としては一緒に地上まで来ていただきたいです。この様子は配信されてますので、出る頃にはリリシアさんをお迎えする準備もできていると思います」


 そこら辺の面倒くさい手続きは堂島さんや天月が上手いことやってくれているだろう。

 異世界人を一度に二人も迎えるなんて大変だろうけど、まあそこらは政府の仕事だ。いち零細ギルドの社長でしかない俺が心配するようなことじゃない。


「あ、でもまだ私の言ったことは信じられませんよね。どうしましょうか」

「……ええ、ここがわらわのいた世界と違うとか、ここがダンジョンの最深部とかはまだ信じられないわ。だけど今は貴方についていくしか道はない、どうやらわらわの力じゃどうあがいても貴方には敵わなそうだし……」


 リリシアさんは自嘲気味に言う。

 どうやら宝剣を折ってしまったことで彼女の心も折ってしまったらしい。悪いことをした。


"初めてリアルわからせを見た"

"まあ自慢の剣が腕で折られたら心も折れるw"

"エルフわからせは文化"

"シャチケンって異世界基準でもヤバいんだな"

"え、エルフ仲間になるの?"

"マジかよ興奮してきた"

"国で大事に保管しよう"

"丸く収まりそうだな"

"エルフ争奪戦争起きそうで怖い"


「分かりました。それではひとまずこの結界の外に行きましょうか。この結界はリリシアさんが作っているんですよね?」

「ええ。これはわらわの所持している魔道具が作り出した結界よ。意識を失ったら自動で結界が張られるようになっているの。この結界は悪しき者を寄せ付けない強力な結界。思えばこれに入ることができたのなら、貴方も悪人じゃないということだったわね。ごめんなさい」

「構いませんよ。突然私みたいな目が死んだ人間が現れたら警戒して当然です」

「……ふふっ。貴方意外と面白い人間なのね」


 ここに来てリリシアさんは初めて笑みを浮かべる。

 うん、やはりとても可愛らしい人だ。


"リリシアたんはあはあ"

"ヒロインレースが激化するな"

"ファンクラブ早く作ってくれ"

"配信者になってくれ"

"このエロフ……推せる!"

"何事もなく地上に来てくれたらいいけど"

"フラグやめい"


 俺とリリシアさんは結界の外に向かって歩き出す。

 その最中、俺は気になっていたことを彼女に尋ねる。


「ここに来る前はなにをしていたんですか? 国の宝の剣を持っていたのは偶然なんでしょうか」

「……わらわは意識を失う直前まで、とある者と戦っていた。我が聖樹国のみならず周辺国まで脅かす悪しき存在。それを打ち倒すためわらわは宝剣を握り戦っていたのだ」


 真剣な表情で語るリリシアさん。

 予想はしていたけど、やっぱり戦っていた最中だったのか。起きてすぐがやけに攻撃的だったのも、直前まで戦闘した影響なんだろう。


「相手は何者だったんですか?」

「魔王ルシフ……こちらの世界では有名な『魔王』だ。数多の魔法、そして恐ろしい死霊術を操ることのできる強大な魔族の一人。わらわはエルフの精鋭たちと共にルシフに挑んだのだ」


 そう語るリリシアさんの目には恐怖が滲んでいた。

 そのルシフという魔王はよほど強く、おそろしい存在だったんだろう。


"おいおい魔王までいるのかよ"

"ガチファンタジーで興奮してきた"

"シャチケンも異世界行ったら魔王扱いされそうw"

"社畜の魔王田中か……いいやん"

"勇者が絶望するしかないな"

"毎ターン三回攻撃くらいしてきそう"

"おまけに物理防御も魔法防御もクソ硬い……終わりだ"

"状態異常も完全無効化だしな"

"殴った武器が壊れるのも忘れるな"

"クソボス過ぎて草生える"

"はよナーフしろ"


 ここまで恐れられる魔王というのは、どんな存在だったのだろうか。

 まあ気になるけど無駄な戦いをしたいわけじゃない。飛ばされてきたのが魔王じゃなくてリリシアさんでよかった。


「よっと」


 俺と彼女は一緒に結界の外に出る。

 すると結界は薄くなっていき、消えてしまう。リリシアさんが出たことでその役目を終えたんだろう。


「兄貴っ! ご無事でしたか!」


 結界から出るとすぐにダゴ助が駆け寄ってくる。すると、


「な……っ!? なぜ邪神の配下がここにいる!? 騙したなタナカ!!」

「ひいっ!? なんですかこのエルフは! 俺がいながらまた新しい舎弟を作ったんですか兄貴!」

「……少し落ち着いてくれ」


 わちゃわちゃで頭が痛くなってきた。

 俺は一旦二人を黙らせ、ダゴ助にはリリシアさんのことを、リリシアさんにはダゴ助のことを伝える。

 そうだ、リリのこともまだ話してなかったな。俺はそのことも忘れず伝えておく。


「きゃあ! しょ、ショゴスが人に懐いているなんて信じられない! そいつは一体で街を滅ぼすほど危険なのよ!?」

「でもほら、懐いてますし大丈夫ですよ。人に危害は加えません」


 俺の指に頭を擦り付けて甘えるリリを見て、リリシアさんは「ほ、本当だ……」と驚いたように呟く。どうやらよほど珍しいことみたいだな。


「兄貴の話を聞くにこの嬢ちゃんは中で出会っただけで舎弟ってわけじゃないんですね、安心しました」

「邪神の配下と仲良くしている人間など見たことないぞ……? タナカ、お主本当に何者だ?」


 ほっとするダゴ助と、困惑するリリシアさん。

 どうやらダゴ助のお仲間たちは異世界ではかなり危ない奴らみたいだな。リリのファンも多いし、意外と話の通じる奴らだと思うんだけど、向こうでは違うみたいだ。


 と、そんなことを考えていると、ダゴ助が「ん? おかしいな」と首を捻る。いったいどうしたんだろうか。


「なんか気になることでもあるのか?」

「兄貴、結界の中にはこの生意気そうなエルフしかいなかったんですよね?」

「ああ。間違いない」

「でもそれっておかしいんですよ。ほら、俺はダンジョンの下から恐ろしい気配を感じたって言ってたじゃないですか」


 確かに言っていた。それの正体を探るために俺たちはわざわざ最下層まで降りてきたんだ。


「でもこのエルフは俺が感じた気配ではありやせん。俺が感じたのはもっと恐ろしくて冷たい、ヤバい奴です……!」


 ダゴ助がそう語った次の瞬間、場の空気が急に冷え込む。

 いったいなにが起きているのかと警戒すると、


「結界を解いてくれたこと、礼を言うぞ」


 知らない声が耳に入り、それと同時に視界が黒く染め上げられる。

 全身に走る強い衝撃。どうやら魔法のようなものをぶつけられたみたいだ。それはダゴ助の攻撃よりずっと重く、鋭かった。


「死ね」


 地面がえぐれ、空間ごと押し出される。

 その謎の攻撃で俺の体は宙を浮き、「おわっ」という声と共に押し飛ばされてしまうのだった。


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