第18話 田中、羨む

「……ありがとうございます。もう、大丈夫です」


 しばらく俺に体を預けていた星乃は、そう言って俺から離れる。

 疲れは残っているけど、自分の足でしっかりと立てている。これなら歩いて帰れそうだな。


「田中さんは私がピンチの時、必ず助けてくれますね。やっぱり田中さんは私のヒーローです、本当にありがとうございました!」


 星乃はそう言って頭を下げてくる。

 俺がヒーローなんてむず痒いけど、まあ気分は悪くない。男の子なら誰しも一度はヒーローに憧れるからな。


「さて、下層への道も開いてしまったから帰るとしよう。その前に……っと」


 俺は一応戦利品としてバモクラフトの残っている方の角と、落ちている武器を数点回収しておく。この武器が亡くなった探索者の物ならば、遺族に渡してあげるべきだからな。

 肉も食えなくはなさそうだけど……亜人型のモンスターを食うのはさすがに気が引ける。倫理的にな。

 四足歩行なら遠慮なく食ったんだが。


「あ、ちょっと待ってください」


 星乃はそう言うと地面に落ちていた剣を拾う。

 その剣は刀身がバキバキに砕けてしまっていた。もう剣としての役割は果たせそうにない、いったいどうしたんだろうか?


「……これはお父さんの使っていた剣なんです。もう武器としては使えませんが、貴重なお父さんの持ち物なんです」

「そうか、じゃあ持って帰った方がいいな……ん?」


 俺はあることに気がつき、声を出す。

 星乃の持ったその剣が柄の部分が壊れていて、中の空洞がわずかに見えていた。

 そしてその空洞にはなにか紙のような物が入っている。なんだこれは?


「星乃、その柄の中になにか入っているみたいだぞ」

「え? ……あ、ほんとですね。いったいなんでしょう?」


 星乃は不思議そうに柄を触る。

 すると柄頭の部分が回り、パカッと開いて中の物が取り出せるようになる。ギミック付きの武器とは珍しい。こんなところになにを入れていたんだ?


「これは……」


 柄の中から一枚の擦り切れた紙を取り出した星乃は、驚いて目を見開く。

 どうしたのだろうとそれを見てみると、それはただの紙ではなく……写真だった。


 その写真には今より幼い星乃と、亮太と灯。そしてすみさんと星乃の父親らしき人物が写っていた。

 場所は家の前みたいだ。みんな笑っていて幸せそうだ。


 星乃の父親は、最期の時までこれを握って戦っていたんだ。


「お父さん……っ」


 口を手で押さえ、声を震わせる星乃。

 俺はその背中をなでながら、俺は言う。


「ダンジョン探索は孤独な仕事だ。星乃たち家族が、この人の心の支え……拠り所だったんだろう」


 俺にはそれがなかった。だから病んでしまった。

 こんな凄い拠り所があるなんて、羨ましい限りだ。俺にも似たようなものがあれば病まずに済んだだろうな。


「う゛、うう……っ、お父、さん……!」


 ボタボタと写真の上に涙が落ちる。

 俺は一旦ドローンのカメラを明後日の方に向けてから、星乃が落ち着くまでその背中をなで続けた。


「……ありがとうございます。もう、大丈夫です」


 ずび、と鼻を鳴らした後、少し前に聞いたセリフをもう一度星乃は言う。

 まだ目の周りが赤いけど、涙は収まったみたいだ。


「あのモンスターと出会った時は怖かったですけど……今日、ここに来て良かったです。仇を取れたこともそうですが、お父さんが家族を大切に思ってくれていたのを再認識できましたから。きっと家族も喜びます」

「ああ、そうだな」


 明るい笑顔を向けてくる星乃に、俺はそう同意する。

 家族の仇に出会ってしまったことで、心が負の方向に傾くかもしれないと少し心配してたけど、どうやら杞憂だったみたいだ。

 それどころか星乃は更に強くなった。肉体的にも、精神的にも。これはうかうかしてたら俺より強くなってしまうかもな。少し鍛えなおすのもいいかもしれない。


「じゃあ今度こそ帰るとしよう。自分で歩けるか?」

「はい! 大丈夫です!」


 頼もしくそう言った星野と共に、俺はダンジョンを上へ上へ進む。

 道中の敵は倒しながら進んだおかげで、モンスターと出会うことはほとんどなかった。


「これならすぐに帰れそうだな」

「そうですね。あと数分で地上に着きそうです」


 こうして俺たちは一時間もかからずダンジョンの入り口に戻ってくることができた。

 気が緩む俺たち。しかしそんな緩んだ気持ちが吹き飛んでしまう『出会い』がそこで起こってしまう。


「――――早かったわね、まこと

「え?」


 唐突に名前を呼ばれ、俺は呆けた声を出す。

 その人物は長い黒髪を揺らしながら、俺たちの正面に姿を表す。


 俺はもちろん、隣を歩く星乃もその人物を知っており「あ」と声を出す。


「まずはお疲れ様、と言いましょうか。よく無事で帰ってきましたね」


 その人物……討伐一課の課長にして、俺の幼馴染みでもある『天月奏』は、その整った顔に笑みを浮かべながらそう言ったのだった。

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