第12話 田中、見送る

「はあ~、お腹いっぱいです~♡」


 食事を終えると、星乃は満足そうに言う。

 結局ミミックタンもロケットブルの肉も全部完食してしまった。


 結構な量があったはずだけど、ここには食いしん坊が二人……いや、三人もいる。一時間もしない内に消えてしまった。


「リリも満足したか?」

「りりっ!」


 食べすぎて風船みたいにまんまるの状態になったリリが、元気に答える。

 ころころと転がっててかわいい。何回か立とうとしていたが、短い足じゃ丸い体を支えきれず、その度にぽてっと転んでしまっていた。

 今はもう諦めてころころと転がりながら遊んでいる。


「さて、少し休憩したら帰るとするか。星乃は他になにかしたいことはあるか?」

「いえ、私も帰って大丈夫……あ」


 星乃はなにかに気づいたようにそう言うと、自分の荷物を漁る。

 そしてその中から一升瓶を取り出す。ラベルを見るに日本酒のようだ。


「ああ……これを置いてくるの忘れちゃった……」

「それは?」

「お父さんはお酒が好きだったんで、慰霊碑の前にお酒を置こうと思っていたんです。お父さんのお墓は地上にありますが……魂はここにあるような気がしていて。それにここで亡くなった他の方々も喜ぶかなって思いまして」

「なるほど、そういうことか」


 ダンジョンの中にある都合上、慰霊碑に来られる遺族は少ない。

 できる限りのことをしてあげたいと思うのは、自然な感情だ。魂なんてものがあるかは知らないが、星乃の父親も喜んでくれるだろう。


「じゃあ行くとするか」

「あっ、私一人で大丈夫です! すぐ戻ってくるので田中さんは休んでいてください!」


 立ち上がろうとした俺を、星乃はそう言って止める。

 ここから慰霊碑までは遠くないし、モンスターも全部倒したので安全は安全だけど……。


「しかしだな……」

「私のうっかりに田中さんを付き合わせるわけにはいきません! すぐ戻ってくるので、待っていて下さい」

「わ、分かった分かった。待ってるよ」


 星乃の押しに根負けし、俺は引くことにする。

 意外と頑固なところがあるんだよな、星乃は。


「じゃあ行ってきます! リリちゃんも待っててね」


 星乃がそうリリに言うと、リリは「しゃー!」と威嚇するように声を上げる。

 この前星乃家で膝の上に乗せてから、星乃を敵視するようになってしまった。普段からずっと抱っこしているようなものだし、嫉妬しなくてもいいと思うのだが、ペット心は分からない。


「気をつけるんだぞ」

「はい!」


 お酒を抱え、走っていく星乃。

 俺はその背中を見守るのだった。


◇ ◇ ◇


 田中と別れ、走ること数分。

 一升瓶を抱えた星乃は、再び慰霊碑のもとにたどり着いていた。


「ふう、着いた。お父さん、何度も来ちゃってごめんね」


 星乃は慰霊碑に一礼すると、その前にお酒を置く。


「これ、お父さんの好きなお酒なんでしょ? お母さんに聞いたんだ。お母さんもお父さんによろしくって言ってたよ。あ、もちろん亮太とあかりもね。二人ともお父さんに会いたがってたよ」


 慰霊碑を前に、星乃は胸の内を語る。

 先程来た時は、配信されていたし田中の目もあった。しかし今はここには誰もいない。ついつい胸の中に秘めていた言葉が口をついて出る。


「私もお母さんも少し抜けたところがあるから心配だと思うけど、大丈夫。みんな元気にやってるから。亮太とあかりもしっかりしてるから。だから……お父さんは安心してね」


 一筋流れた涙を拭い、星乃は慰霊碑に背を向ける。


 さあ、急いで田中さんのところに戻らなくちゃ。

 そう思った瞬間……その場に『がちゃん』という金属音が鳴り響いた。


「……え?」


 慌てて星乃は辺りを見渡す。

 しかしダンジョンの中に異変は見られない。人もモンスターの姿もない。


 いったいどこから音が? 焦りを顔に滲ませながら神経を張っていると、今度は大きく『ガチャン!』と金属と金属を叩きつけたような音が響いた。


「な……まさか!?」


 星乃はその音の正体に気がついた。

 それは慰霊碑の側にある、金属製の扉から鳴っていたのだ。


「う、うそ……」


 星乃の表情が、絶望に染まる。

 下層へ続く道を塞いだその堅牢な扉は、あるモンスターを下層に封じるために作られたものだ。


 その扉が、何者かに後ろから叩かれ、歪み始めていた。

 扉に付けられている金属製の錠とかんぬきが必死に耐えるが、その者の圧倒的な膂力を前に、壊れていく。

 扉の隙間から巨大な斧のような刃物が見え、空いた隙間から赤く光る瞳が覗く。


 その恐ろしいほど爛々と輝く瞳は……星乃のことをまっすぐに睨みつけていた。


「い、いや……」


 逃げなきゃ、助けを呼ばなくちゃ。

 そう分かっていても、星乃の足は動かなかった。


 戸惑い、驚き、そして恐怖。それらの感情が体の中でごちゃ混ぜとなり、思考と行動を鈍らせていた。


『ガアアアアアアアッ!!』


 恐ろしい咆哮とともに、扉は破られる。

 そして扉の後ろから、その化物は姿を表した。


 普通のミノタウロスよりずっと大きい体に、皮膚を裂かんとばかりに膨張した筋肉。

 体にはいくつも傷跡があり、そのモンスターがどれだけの死線を超えてきたかが、一目でわかる。


 背中には今まで斃していた探索者から奪った武器がいくつもあり、手には彼の巨体に似合う、大きくて禍々しい見た目をした斧が握られている。


 頭部には立派な角が生えているが、その一本は途中から折られ、なくなっている。

 その傷はモンスターにとって唯一の苦い敗戦きおく。今も無い角がじくじくと痛み、その度に脳が怒りを思い出す。


 ミノタウロス異常成長個体。

 隻角のバモクラフト。


 政府がそのモンスターに定めたランクは『SS』。

 都市を一体で壊滅できるほどの強さだ。


『オオオオオオオォ!!』


 怒りと歓喜の咆哮を、バモクラフトは上げる。

 復讐だ。復讐の時が来た。


 今も鮮明に思い出す、自分の仇敵。

 それと同じ匂いのする個体が自分の目の前にいる。


 バモクラフトはその醜悪な顔に、邪悪な笑みを浮かべると、星乃のもとに近づく。


 簡単には終わらせない。

 積りに積もった怒り。それをこの個体に思い知らせるのだ。

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