第9話 田中、胸を貸す

「そう……だったのか」


 星乃の父親の過去を知った俺は、そう呟く。


「慰霊碑ができた時、助かった探索者さんたちと一緒に一度だけここに訪れたことがあります。家族で魔素に耐性があったのは私だけなので、お母さんたちは来れませんでしたが」


 星乃の父親が亡くなっているのは知ってたが、まさか同業者だったとはな。

 まあでも星乃の母、すみさんが覚醒者じゃなかったから父が覚醒者である可能性は高いか。覚醒者の子どもは覚醒者である可能性は高いからな。


「今日はお父さんに報告に来たかったんです。『私はもう大丈夫だよ』って。それに……田中さんのことも紹介したかったから」

「……それは光栄だな。俺も冥福を祈っていいか?」

「はい、もちろんです。きっとお父さんも喜びます」


 慰霊碑に向かい、手を合わせて祈る。

 剛さん、貴方の娘さんは貴方に似て強くていい子ですよ。だから安心して下さい。


"そうか……そんなことがあったんやな"

"ああ、確かに昔ニュースになったわ。あれは酷い事件やった"

"こんな事件あったの知らんかったわ"

"昔はモンスターに殺される事件なんて毎日のように起きてたからな。これもちょっとしか報道されんかったやろうししゃあない"

"今はだいぶ減ったけど、それも堂島大臣の尽力のおかげやろな"

"ダンジョン内の情報とか、政府がかなりまとめてくれてるからな。こうして配信もできるくらいには安全になった"

"わいも手を合わせとこ"

"ゆいちゃんの怪力はお父さん譲りなんやなって"

"しれっとお父さんにも紹介してて不謹慎だけどちょっと笑っちゃった"

"シャチケン包囲網ができあがってく"

"もう逃げられないねえ(ニチャア)"

"一手一手が堅実過ぎる"


 数十秒そうやって手を合わせていた俺は、顔を上げ星乃のもとに近づく。


「ありがとうな、教えてくれて。でもこんなこと配信で言ってよかったのか?」

「はい。お父さんのことを大勢の人に知ってほしかったですから。それに田中さんのことも紹介したかったですから」


 そう言って星乃は笑みを浮かべる。

 その顔は少し寂しそうだが、父親の死はしっかり乗り越えているみたいだ。


 ……そういえば、もしかして。


「星乃、ミノタウロスが苦手なのって……」

「……はい。その時現れたSSランクのモンスターは、ミノタウロスの異常成長個体・・・・・・でした。政府につけられた名前は『隻角せきかくのバモクラフト』です」

「バモクラフト……名前付きネームドだったか」


 他の個体より危険度が高く、もはや別種と呼べるほど強い個体には名前が付けられることがある。そういったモンスターは、『ネームドモンスター』と言われる。

 ちなみにネームドモンスターには賞金がかけられ、倒すと政府から報奨金が払われる。ちなみにその金は非課税だ。


「政府により討伐隊が組まれましたが、バモクラフトはその時既にダンジョンの奥深くに逃げていました。見つかったお父さんの死体の側にはバモクラフトの片角と大量の血が残っていました。どうやらかなりの深手を負ってダンジョンの奥に逃げたようです」

「なるほど……追うのは危険と判断して下層への道を封鎖したのか、賢明だな」


 問題の先送りにはなってしまうが、深層に逃げたSSランクモンスターを追うのは危険過ぎる。他にもダンジョンの問題が山積みな以上、仕方がないことだろう。


 それにしても凄いな。B級探索者の人がSSランクを退けるなんて。

 死の際で覚醒者がその力を更に覚醒させることは、稀にある。きっと星乃の父親にも同じことが起きたんだろう。

 だけどそのことを加味しても一人でSSランクモンスターに深手を負わせるとは、凄い人だ。生きていれば名のある探索者になっていただろうな。


「私はそのモンスターを直接見たことはありませんが、戦闘の様子は配信されていたため、映像は見たことがあります。バモクラフトは凄い恐ろしい見た目をしていて……私は見たのを後悔しました。それ以来普通のミノタウロスを見るだけで体が震えてしまうんです。情けないですよね……」


 思い出しただけで星乃の体は震える。余程怖かったんだろう。

 俺は落ち着かせようと震える彼女の手を握る。


「そんなことないさ、星乃は立派だよ。きっとお父さんも誇りに思っているだろう」

「田中さん……ありがとうございます」


 星乃はそう言うと、俺の胸に顔を埋める。

 その肩は震えている、どうやら泣いているようだ。今まで頼ることのできる大人がいなかったんだ無理もない。俺の胸くらいでいいならいくらでも貸してやるとしよう。


"シャチケン優しいな"

"わいも田中の胸で泣きたい"

"俺も俺も"

"これで付き合ってないってマ?"

"ここまでやって結婚しないは無しだぞ田中ァ!"

"田中のここ、空いてますよ"

"三人も入ってるから空いてない定期"

"リリたんを忘れるなよ!"


「……すみません。また甘えてしまいました」


 しばらく俺の胸で泣いていた星乃は、そう言って離れる。

 まだ目の周りは赤いけど、すっきりした顔をしている。もう大丈夫そうだな。


「よし、じゃあ少し戻って飯にするとするか。疲れたしな」


 少し戻ったところに開けた場所があった。モンスターもいなかったし休憩するにはいい場所だ。


「はい! 私お腹すきました!」


 すっかり元気を取り戻した星乃と共に、俺は来た道を引き返すのだった。

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