第7話 田中、追いつく

 かっぱ橋武器商店街の屋根の上を高速で駆ける影があった。

 その人物の速度は速く、街を歩く人はその姿を捉えることもできなかった。


「……さっきのは第一級緊急招集レッドアラート。まさか近くでそれほどのことが起きているなんて」


 その高速で動く人物、絢川凛は険しい顔をしながらスマホで現状を確認する。


「複数名の覚醒者による破壊行為……ですか。しかも迷宮解放教団『Q』による犯行の可能性が高いと。これは放っておいたら大変な事態になりそうですね」


 迷宮解放教団『Q』はかなりの信者を囲っている宗教団体だ。

 危険な思想とその思想を実現しうる資金力と行動力を持つその団体は、数年前に大きな事件を起こし、それが決め手となり政府によって一般的には・・・・・解体された。


 しかしまだ水面下で活動しており、時たまこういったテロ行為を起こす厄介な集団なのだ。


「迷宮の解放……ですか。ネジの外れた人の考えることは分かりませんね」


 迷宮解放教団の名前の通り、彼らは迷宮……つまりダンジョンを解放することを至上の目標にしている。

 つまりダンジョンを管理している政府とは真っ向から対立することになる。


 ダンジョンを神聖視している彼ら教団は、ダンジョンを人の手から解き放つためであれば、テロ行為も厭わない。その行動によって命を落とした者もたくさんいる。


「場所はスカイツリー跡地……ダンジョンもないあそこでなにをしているのでしょうか」


 凛は呟きながら現場に駆けつける。

 数時間前に待ち合わせに使ったその場所は、見るも無惨な姿になっていた。


 建物は損壊し、火の手があがり、人々は泣き叫びながら逃げ惑っていた。

 そんな地獄絵図を作り出している犯人は、怪しい黒い装束に身を包んだ男たちだった。

 彼らは黒子のように顔を布で覆い隠していた。その代わりその布には『Q』の文字が大きく書かれている。その文字は彼らが迷宮解放教団『Q』のメンバーであるなによりの証。

 敵を確認した凛は、討伐一課の本部に通話を繋ぎ、短く報告する。


「討伐一課所属、絢川凛です。犯行現場にて迷宮解放教団『Q』のメンバーを確認しました。これより鎮圧行動に入ります」


 そう言った凛は屋根から跳び、二本の剣を腰から引き抜く。

 目指すは一般人を襲おうとする教団員たち。教団には覚醒者が多い、一般人では逃げ切ることすら難しいだろう。


「――――付与エンチャントラーム


 体内の魔素を操作し、凛は雷を生み出し自らの剣にまとわせる。

 ラーム付与エンチャントは雷によって威力を上げるだけでなく、自らの体を電気によって活性化させ、身体能力を向上させることもできる。


 特にスピードの上昇量は他の属性の追随を許さないほど。もとの凛のスピードも合わさり、彼女の速度は覚醒者でも捉えられない域に達する。


「模倣剣、またたき――――」


 地面に着地した彼女は、地面が陥没するほどの力で地面を蹴り、急加速する。

 その技はかつて師が見せてくれたものを再解釈し、彼女なりにアレンジを加えたものだった。


双雷刃そうらいじん!」


 地を這う二筋の雷が教団員たちに襲いかかる。

 「ん?」と気づいた時にはもう遅い。高速で接近してくる彼女に、彼らは反応することすらできず倒されていく。


「がああっ!?」


 瞬く間に三人の敵を斬る凛。

 斬ったことによる傷は浅いが、斬った瞬間に雷を流しており、そのせいで教団のメンバーは気を失い倒れる。


 安全を確認した凛は、逃げおくれた市民に呼びかける。


「ここは危険です! 急いでこの場を離れてください!」


 凛の言葉に従い逃げていく一般市民。

 彼らを見送る凛のもとに、大きな棍棒を持った教団員が襲いかかる。


「迷宮ヲ解放セヨ!」


 教団の信条であるその言葉を叫びながら、男は棍棒を振り下ろす。

 凛はその攻撃をまるでバレエの動きのように華麗に跳びながらかわすと、その男の側頭部に掌底を叩き込む。


電撃掌ブリッツ!」


 魔法の雷が男の頭部に叩き込まれる。

 その衝撃は凄まじく、男は物凄い勢いで吹き飛び壁に激突。そのまま意識を手放す。


 すたっと地面に着地した凛は、残りの教団員に目を向ける。


「器物損壊罪、傷害罪、覚醒者特別法違反、その他多くの罪により、あなた方を拘束します」


 剣を構える凛。

 すると教団員の中でもまとめ役のような人物が顔を隠す布の裏で口を開く。


「その隊服……討伐一課か。政府の犬が偉そうに。我らは貴様らの尻拭いをしてやっているんだぞ?」

「なにを馬鹿なことを……」


 そのあまりにも失礼な物言いに、凛は顔をしかめる。


「よいか? ダンジョンは人智の及ばぬ力を持っている。そのお力はまさに神の所行! 人間が管理していいものではないのだよ」

「……人が管理しなければいたずらに犠牲者が増えるだけです。それを見過ごせというのですか」

「ああ、その通りだ。必要な犠牲というやつだよ」


 そのあまりにも勝手な主張に凛はぎり、と奥歯を噛みしめる。

 かつて魔物災害により家族を失った彼女にとって、彼らの言葉はとても許せるものではなかった。


「我らは弾する! 愚かにも迷宮を管理しようとする者たちを!

 我らは済する! 迷宮を受け入れ人を真に救い、次の段階ステージへと進める!

 そして我らはQuestion問う! 本当に今の世界が正しいのかを!

 それが我ら迷宮解放教団『Q』の信条だ。貴様ら政府の犬には分からないだろうがな」

「……ええ、分かりたくもありませんよ」


 凛は話は終わりだとばかりに駆け出そうとする。

 しかしその足はあるもの・・を見たことで止まる。


「貴様……っ!」


 凛の顔が怒りに染まる。

 その視線の先には、教団員に捕まった小さな女の子の姿があった。

 歳は五歳くらいだろうか。よほど怖いのだろう、目には涙が溜まっている。


「崇高な任務を達成する尊い犠牲という奴だ。さ、その危険な武器を捨てたまえ」

「く……っ」


 凛は苦しそうな表情を浮かべながら武器を手放す。

 カラン、という高い音を立てながら、頼みの綱は地面を転がる。


「さ、危険分子も無力化したことだ。我らの目標を達しようじゃあないか。測定は終わっているか?」

「はいリーダー。やはりここの迷宮適合数値は他より高いです。成功の可能性は高いかと」


 怪しげな機械でなにかを測定していた部下の言葉に「そうか」と言った教団員のリーダーは、懐から小さな丸い玉を出す。

 禍々しい色をしたそれは、一見すると植物の種の様に見える。あれはなんだと首を傾げる凛を他所に、男はその種子のようなものをスカイツリーがかつて建っていた場所に埋める。


「さあ、歴史が変わるぞ」


 種を植えた数秒後、突然彼らのいる一帯にゴゴゴ、と地震が起きる。

 まるで地下で巨大な何かが動いているかのような衝撃の後、種を植えた場所からあるものが生えて・・・くる。

 それを見た凛は驚愕し額に汗を浮かべる。


「ばか、な……!」


 凛が目にしたのは、ダンジョンの入口だった。

 なんと彼らはダンジョンを新しく作り出してしまったのだ。


 人為的にダンジョンを作り出すなど、ありえない話だ。今までそのような事例ケースを凛は聞いたことがなかった。

 しかしそれは目の前で起きてしまった。


「くくく、素晴らしい。我らの世界にまた新しい迷宮かみが生まれた。この調子でどんどん迷宮かみを生み出していけば、必ず人類は救われる!」


 高笑いする教団員たち。

 彼らを野放しにしたら、日本だけでなく世界が終わる。そう直感した凛は、油断する彼らの隙を突こうとする。

 しかしその瞬間、彼女に銃口が向けられる。


「おっと危ない。動くなよ。こっちには人質がいるんだ」


 教団員が見せつけるように女の子を前に出す。彼女のこめかみにも銃口は向けられている。


「この銃と弾丸は迷宮の中で取れた鉱物でできている、覚醒者にも効く特別なものだ。当然貴様にも効果があるだろう」

「く……っ!」


 八方塞がりの状況に凛は歯噛みする。

 相手が覚醒者でなければ、人質がいなければどうにかなった状況。


 この状況を打破する方法を凛は思いつかなかった。


「さて、我々は忙しいのでね……そろそろ君には消えてもらおう。新しい迷宮かみの誕生を見ることができたんだ、悔いはないだろう?」


 教団員のリーダーが引き金に指をかける。

 それが命中すれば死は免れない。死の間際、凛が思い出したのは自分が思いを寄せる人物であった。


「先生……」


 唇を噛み、目を伏せる。 

 彼女は自分の力不足を恨む。


「さらばだ、愚かな背信者よ」


 無情にも放たれる弾丸。

 その弾丸は俯く凛の頭部めがけまっすぐと飛び……命中する直前でキン! と音を立てて真っ二つに斬り裂かれる。

 綺麗に両断された弾丸は、凛の横をすり抜け、背後の壁に埋まる。

 何が起きたか理解できない教団員たちは「へ?」と間の抜けた声を出す。


 同じく状況が飲み込めない凛がゆっくりと目を開けると、なんとそこには追いかけ続けた背中があった。

 ビジネススーツに身を包み、剣を構えるその人物は、彼女がもっとも思いを寄せる人物であった。


「先生……っ」

「遅れて悪い。よく持ちこたえたな」


 そう言って凛の頭をなでた田中は、次に教団員たちに目を向ける。

 その表情は凛に向けた優しいものとは違い、冷たく恐ろしいものだった。


「……よくも俺のかわいい教え子に銃を向けたな」


 冷たい殺気が周囲に充満する。

 その殺気は凄まじく、教団員たちはまるで喉に刃を押し当てられている錯覚に陥る。


「かかってこい。全員生まれてきたことを後悔させてやるよ」


 冷たい怒りを言葉に滲ませ、田中はそう言い放つのだった。

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