第6話 田中、追いかける

「薫さん。鱗斬れたから景品貰えますか?」


 鱗を無事に斬ることができた俺は、俺の剣を研ぎながらこっちの様子を見ている薫さんに話しかける。いったい何が貰えるんだろうと、俺はワクワクする。しかし、


「なに言ってるんだい。武器を使って斬ったら景品をあげるって言ったろう? 素手はダメだよ」

「ええ!? そんなのありですか?」


 予想してなかった薫さんの言葉に俺は驚く。

 コメントも"草"だの"確かに"だの笑う言葉で溢れる。堂島さんの時といい、大人はずるい。


 そ、そんなあ、と落ち込んでいると、薫さんがぷっ、笑いながら口を開く。


「冗談だよ冗談。本気にしないでよ。お詫びに人数分その鱗でナイフを作るから、もう少し細かく砕いてくれるかい?」

「二人の分もいいんですか? ありがとうございます!」


 俺は嬉々としてサファイアドラゴンの鱗を拳で砕き始める。

 加工の難しいこの鱗だけど、砕いて持ち手をつければ鋭利なナイフになる。メインの武器にするには小さいけど、非常時の武器としては取り回しもいい。二人とも喜んでくれるはずだ。


"ああ、鱗くんがバラバラに……"

"拳で砕いてて草"

"あれ普通に腕力で砕いてるよな? 目を見るとはなんだったのか"

"楽に壊せるってだけで普通に腕力でも砕けるんでしょ。いやなんで砕けるんだよ"

"鱗「また会おうな……お前ら……」"

"鱗くん……いい奴だったよ……硬いところがたまきずだったけど……"

"今回も神回だったな。外れがなくて助かる"

"今日の配信はそろそろ終わりかね"


 鱗を細かめに砕いた俺は、それを薫さんの近くに置く。

 さて、後は薫さんの作業が終わるのを待つだけだ。やることもなくなったしそろそろ配信を切ってもいいかもな。雑談配信をしてもいいけど、あまり話を広げられる気もしないし。


 と、そんなことを思っていると、突然凛のスマホからビーッ! と大きな音が鳴る。


「――――っ!」


 凛は急いでスマホを取り出すと、画面に目を走らせる。

 そして険しい顔をしたかと思うと、突然バッと着ていた服を脱ぐ。


"見え"

"みえ"

"見え"

"見っ"

"REC"

"見えっ"


 体を乗り出す視聴者たち。

 しかしそんな彼らの期待とは裏腹に、彼女は肌を晒すことなく。服の下からは討伐一課の隊服が現れる。

 いったいあの服の下のどこにこれを隠していたんだ。早着替えの魔導具でも使ったのか?


「先生。申し訳ありませんが、私はここで失礼させていただきます」

「どうした? 呼び出しか?」

「はい。今日はもう戻ってこれないと思いますので、後はお二人で楽しんでください」


 そう言いながら凛は店の入口の方へ歩く。

 平静を装ってはいるが、どこか焦っているようにも見える。


「なにがあった? 緊急事態なら手伝うぞ?」

「いえ。先生のお手を煩わせるほどではありません。では」


 凛は扉を開けると、一瞬でその場から姿を消す。

 昔から凛は覚醒者の中でもトップクラスの速度を持っていた。今は更に磨きがかかっているようだ。


 凛は一流の戦士だ。なにがあっても遅れを取ることはないと思うけど……なんだか嫌な予感がする。心配だ。

 近頃は治安も悪いし、本当に放っておいていいのか?


"凛ちゃんどうしたんだろう?"

"なに? 事件?"

"そういえばスカイツリー跡地の近くでなにか騒ぎがあったみたいだよ"

"え? 現場近くね?"

"まだニュースにはなってないけど、SNSで言ってる人いるね"

"こわ。凛ちゃん大丈夫?"


 コメントを信じるならスカイツリー跡地の近くでなにか起きたみたいだ。

 だから現場近くにいた凛に招集がかかったんだろう。


 本当なら後を追いたいけど……星乃を置いていくのも悪い。呼び出しておいてそんな酷いこともできない。


 どうしたものかと悩んでいると、俺は突然トッ、と背中を押される。


「……へ?」


 振り返ると、そこには星乃の姿があった。

 どこか不安げな笑みを浮かべながら、彼女は言う。


「もし私のことを気にしているんでしたら……大丈夫です。行ってください」

「だけど……」


 俺が反論しようとすると、星乃はふるふると首を横に振ってそれを制する。


「田中さんは私にとってヒーローなんです。だからそれを邪魔はできません。凛ちゃんをどうかよろしくお願いいたします」


 そう言って星乃はぺこりと頭を下げる。

 ……ここまでされちゃ、行かないわけにはいかないな。


「田中っ! これも持っていきな!」


 突如俺の方に回転しながら飛んでくる何か。

 それをキャッチすると、俺の剣だった。もちろん投げたのは薫さんだ。


「お姫様にガラスの靴が必要なように、王子様にはそれが必要だろう? ばっちり手入れしたから存分に使いな」


 薫さんはにぃ、と男前な笑みを浮かべながら言う。

 半分ほど抜いて刀身を確認すると、剣は研ぎ澄まされていた。これならなんでも斬れそうだ。


 俺は薫さんに「ありがとうございます」と、頭を下げると、店を出る。

 当然だけどもう凛の姿はどこにもない。さて、早く見つけなくちゃな……!

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