第三章 田中、大臣に呼ばれたってよ

第1話 田中、魔対省に向かう

 焼肉を楽しんだ日の翌日。

 俺はスーツに身を包み、千代田区にある『魔物対策省』に向かっていた。


「ふあ……眠い」


 俺は大きなあくびをしながら歩く。

 今日はロクに寝れなかったのでとても眠い。


 なぜかというと、それは食べ過ぎ……じゃなくて、天月のせいだ。

 一晩経った今でも、ふとした瞬間にキスの感触を思い出し悶々としてしまう。おかげで今日はロクに寝れなかったのだ。


「まったく、中学生か俺は……」


 頭をポリポリとかきながら俺は呟く。

 でもしょうがないと思わないか? 今まで仕事漬けで恋愛経験なんてこれっぽっちもないんだから。

 なんせ高校にも行かず働いていたんだから、恋愛経験値は高校生以下だ。

 こんな状態になるのも仕方ないのだ。


「何かの勘違い、じゃないんだよなあ……」


 天月にあそこまでさせておいて、勘違いだと疑うのは失礼だ。

 いつからかは知らないけど、どうやら俺は好意を寄せられていたみたいだ。こんな冴えない奴を好きなるなんてあいつも見る目がない。

 あいつならもっとイケメンで甲斐性のある奴を捕まえられるだろうに。もったいない。


 まあ……悪い気はしないけどな。

 俺は情けなくにやけそうになる口角を、ガキッと力づくで矯正しながら歩く。道行く人が変な目で見てくるけど、今は気にしない。


「お、着いた」


 皇居の側に悠然と立つ『魔物対策省』。

 国防の要であるこの建物はとても頑丈で立派な造りになっている。


 俺は今日、この組織の長である魔物対策大臣に呼ばれたのだ。


「迎えの者がいるって言ってたけど、誰がいるんだ? 知ってる人なんかな」


 魔物対策省の前できょろきょろと視線を動かす。

 こんなことしてたら不審者だと思われかねない、早く迎えの人を見つけなきゃと思っていると、長い銀髪を揺らしながら一人の女性がこちらに近づいてきた。


 透き通った青い瞳をした、綺麗な女の子だ。歳は星乃と同じくらいか?

 無表情でクールな印象を受ける子だ。


 その際立った美貌も目を引くけど、俺が注目したのはその歩き方。


 体に一本芯の通った、綺麗な歩き方だ。

 俺には分かる。この子は『素人』じゃない。優れた『戦士』だ。


 その子は俺に近づくと、その端正な顔に薄く笑みを浮かべる。

 小動物系の星乃とは違った、ミステリアスな魅力に俺は少しドキッとする。いったい俺になんの用なのかと思っていると、その子は想像だにしなかった言葉を口にする。


「お待ちしていました先生・・。お久しぶりですね」

「……へ?」


 俺は驚き、首を傾げる。

 俺の知り合いにこんな銀髪美人はいなかったはずだけど。


 いや、それよりこの子、今『先生』って呼ばなかったか?

 俺のことをそんな風に呼ぶ人なんて……って、もしかして。


「ま、まさか、りん、なのか?」

「はい。分かりませんでしたか?」


 そう言って彼女、絢川あやかわりんはくすと笑う。

 その笑い方は確かに俺の記憶にある彼女のものと同じだった。


「久しぶりじゃないか! 五年ぶりか!?」

「正確には四年と十ヶ月と三日、二時間ぶりですね」


 そう得意げに言う彼女は、俺の元教え子だ。

 前に俺は仕事の一環で討伐一課に配属された新人の教官を務める事になったことがある。

 期間は半年と短かったけど、中々楽しかった記憶がある。

 凛はその時受け持った新人の一人。その時はまだ彼女は十四歳とかだったか? 才能に溢れる子で、他の新人よりその力は抜きん出ていた。


 あの時からかわいい子だったけど、こんな美人に成長しているなんて驚きだ。


「懐かしいなあ。あの頃は何度も俺に挑んできたよな。三百回くらい挑んでこなかったか?」

「正確には三百四十二回ですね。あの頃は未熟で身の程をわきまえておりませんでした。私のようなものが先生に敵うはずがありませんのに」

「お前も変わったなあ。あの時は本気で殺しにかかってきたのに」


 凛は死んだ目をしたただのおっさんにしか見えない俺が教官であることが気に入らなかったのか、しょっちゅう俺に決闘を申し込んで来た。


 その度に俺は凛のことを返り討ちにし、押さえつけ無力化した。

 数度やれば諦めるかと思ったけど、凛は本当に何度も何度も挑んできて、俺も途中からなんだか楽しくなってきた記憶がある。


 だけどある日凛は突然挑んでくるのを止めた。

 かと思ったら急に俺に懐いてきて、まるで子犬のように俺について回るようになったんだ。


 俺を認めてくれたのかと思って嬉しかったけど、残念ながらそれからすぐ俺は通常業務に戻ってしまった。

 それからはまた忙しく働き、今に至る。


「なにかの記事で見たぞ。今は討伐一課のエースなんだってな。俺も鼻が高いよ」

「全て先生の指導の賜物です。あの時先生に伸びた鼻をへし折られ、屈服され、蹂躙されなければ今の私はなかったでしょう……」


 凛はやけに湿度の高い視線を俺に向けながら言う。

 い、言い方に語弊があるな。まるで俺がやましいことをしたみたいじゃないか。


「む、昔話もいいけど、中に案内してくれないか? 凛が迎えの人でいいんだろ?」

「……はい、分かりました。お話は後ほど致しましょう。それではこちらへ」


 俺は少し残念そうな顔をした凛に連れられ、魔物対策省の中に足を踏み入れるのだった。

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