第17話 田中、推理する

 顔色が良くなった星乃と共に、俺は洞窟の中を進む。

 洞窟の幅は一定で起伏もそれほどない。割りと歩きやすい形ではあるんだけど……。


「はあ、はあ……どこまで、続いているんですかね」

「出口にたどり着く気がしないな……」


 洞窟は想定したよりもずっと長かった。

 いくら歩いても景色が変わらないので、まるでその場で足踏みをしているみたいにすら感じた。出口がもしかしたら逆方向だったのかもしれないけど、今更後戻りも出来ない。


 こんな代わり映えのしない風景がずっと映っていては視聴者も暇だろうなと思い、俺はちらとコメントに目を移す。


"作業用BGM助かる"

"田中洞窟探索ASMR待ってた"

"ニッチな需要にも応えてて偉い"

"カツカツ歩く音と田中の息づかいが混ざって絶妙なマリアージュを生み出している"

"俺はたまにコケて慌てた声出すゆいちゃんの声を集めてる"

"ここの視聴者レベルたかいな"

"田中ァ! たまには鼻歌とか歌ってもいいぞ!"


「…………」


 俺は見なかったことにして歩き続ける。

 退屈してないことは結構だけど、なんで喜んでんだこいつらは。俺の配信には変態しか来ないのか?


 と、そんな感じで歩きながらたまにコメントチェックを繰り返していると、突然スパチャが飛んでくる。


《ヒロキ》"[\60000]中層で助けていただいた探索者です! 田中さんと星乃さんに助けていただいた後、無事ダンジョンから出ることが出来て、今は管理局に保護されてます! 本当にありがとうございました!"


 なんとスパチャしてきたのは、俺と星乃が助けた探索者だった。

 どうやら彼らは無事ダンジョンから抜け出すことが出来たみたいだ。心配だったから本当にホッとした。頑張った甲斐があったな。


"ヒロキィ! 無事だったのかワレェ!"

"おー、よかったよかった"

"助けた甲斐があったな"

"シャチケンいなかったらガチで死んでたよな。本当に良かったわ"

"ゆいちゃんもMVPだろ。身代わりになってくれたんだし"

"たしかに。あんな風に身を盾にして他人を守れるとか徳が高すぎる"

"おっぱいも大きいしな"

"それ関係あるか? ……あるか"

"納得してて草"


 俺は星乃にもヒロキという探索者が無事脱出できたことを伝えた。

 すると彼女は「本当ですか!? よかったです!」と喜んだ。よかったよかった。


《ヒロキ》"今迷宮管理局の人がダンジョンの調査隊を組んでいるみたいです。田中さんのことも助けてくれるように頼みましたので、少々お待ち下さい!"


「それはありがとうございます。ヒロキさんもゆっくり休んで下さいね」


 彼の話によると調査隊がこっちに向かってくれるみたいだけど……残念ながら期待は出来ない。

 俺のいる場所は深層だ。そもそもここに来られる人材が少ないはずだ。

 それにここが深層のどこにある場所なのかも定かではない。洞窟の中ってことは確かだけど、それだけだ。

 もし調査隊がすぐに深層にたどり着いたとしても。すぐに俺たちを見つけ出せる気はしない。なのであまり状況はよくなっていないのだ。


 なんとかしてこの洞窟を早く抜け出さないとな、とそう思いながら歩いていると、俺はあることに気がつく。


「……ん? ここって」


 前に前に進んでいると、突然洞窟の壁にそこそこ大きな"傷跡"が出現する。

 俺と星乃はそれに見覚えがあった。


「た、田中さん。これって」

「ああ、間違いない。この傷跡は星乃がつけたものだ」


 洞窟の壁についた傷は、俺が星乃に剣の振り方を教えた時についた傷と酷似していた。

 見れば床には料理した時に落としたと見られる光るキノコの欠片かけらが落っこちていた。間違いない、俺たちは元いた場所に戻ってきたんだ。


「そ、そんな! だって私たちはまっすぐ歩いてきたんですよ!? 途中で分かれ道もなかったのになんで!?」


 取り乱す星乃。

 まあ頑張って歩いていたのにスタート地点に戻されたんだ。混乱して当然だろう。


"え、どうなってるの!?"

"頭おかしなるわ"

"な、なにが起こってるか分からねえと思うが……本当に分からん"

"俺馬鹿だから分かんねえんだけどよお。馬鹿だから分かんねえわ"

"ただの馬鹿で草"

"え、詰んだ?"

"無限ループって怖くね?"

"シャチケン! がんばれ!"


 視聴者たちも混乱している。

 だけど今、俺まで慌てたら助かるものも助からない。ダンジョンは非日常が日常。ありえないことが日常茶飯事で起こる。慌てて冷静さを失った奴から死ぬ。


 俺は冷静に現状を分析する。

 ダンジョンはメチャクチャな場所だけど、不思議には必ず答えがある。

 情報を集めて推理するんだ。


「この壁についた傷。確かに星乃が付けた傷と同じだけど、最初よりも少し傷が『薄く』なっているな」

「え? そうですか? 私には分かりませんけど……」

「ああ、間違いない。最初についた傷はもっと深かった」


 傷跡を観察した俺は、次に落ちていたキノコの欠片を拾う。

 そのキノコの表面を触ると、少しぬるっとしていた。このキノコ、ルミナスキャップはぬめりのあるキノコじゃない。

 ということは表面が『溶けている』ということだ。これも重要な情報ヒントだ。


 次に俺は星乃に目を向ける


「星乃。そういえばやけに疲れている様子だけど、どうかしたか?」

「え? ああ、そうですね……確かに。それほどハイペースで歩いているわけじゃないんですけど、なぜかいつもより疲れます。緊張してるから、ですかね?」


 星乃は首を傾げる。どうやら自分でも気づかない内に体力を奪われていたみたいだ。


 ひとりでに直る壁。溶けるキノコ。そして奪われる体力。

 一つ一つでは足りなくても、情報を集めれば答えは導き出せる。俺はもう、その答えにたどり着いていた。


「星乃。落ち着いて聞いてくれ。ここは多分……モンスターの『腹の中』だ」

「モンスターのお腹の中……? ええ!? ということは私たち食べられちゃってるってことですか!?」


 星乃の答えに俺は頷く。

 ダンジョンの中には規格外に巨大なモンスターもいる。


 黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーの野郎は、なんとそいつの腹の中に俺たちを転移させやがったんだ。

 俺たちはそこを洞窟だと思い込み、歩きながらゆっくりと消化液で体力を奪われる。異変に気づいた時にはもう体力を奪われて脱出出来なくなるってわけだ。


「でもここ、完全に岩の壁ですよ? それにぐるぐる同じ場所を回っていたのはなんでですか?」

「体が岩で出来ているモンスターなんだろう。そういう奴らの中には、臓器を自在に動かせる種族タイプもいる。俺たちが逃げられないよう腸の形を変えてるんだろう」

「そ、そんな……」


 絶望に染まる星乃の顔。

 食べられたと知ってもう助からないと思ったんだろう。


"マジかよ、そんなことある?"

"これは名探偵田中"

"フィジカル激強探偵"

"この洞窟が丸々モンスターの体内って……コト!?"

"わ……あ……(絶望)"

"もう食べられてるってことじゃん。詰んでて草"

"いや笑えんわ"

"ゆっくり消化されてくってことでしょ? つらすぎる"

"やっぱ深層ってクソだわ"

"黒衣ノ魔術師ブラックソーサラーのやり方えぐすぎ"

"食べられちゃったらもう……ね……"


 コメント欄も阿鼻叫喚だ。

 ……だけど状況さえ分かれば抜け出す方法がある。

 俺は剣を抜いて、岩の壁と向かい合う。


「安心しろ星乃。相手がモンスターなら……斬ればいい」

「……へ?」

「今からこいつの腹をかっさばいて外に出る」

「そ、そんなこと出来るんですか!?」

「当たり前だ。俺がこんな岩を斬れないと思うか?」


 勇気づけるために格好つけてそう言うと、星乃の顔に希望の色が戻る。大勢の視聴者の前で格好つけた甲斐があったな。


「いえ! 私は田中さんを信じます!」

「おし、じゃあ俺に掴まってくれ。とっととここから退社でるとしよう」


 星乃は俺の言葉に頷くと、俺の腰にぎゅーっと捕まる。

 精神統一して背中に当たるやわらかい感触から気を逸らし、俺は壁に向かって思い切り両手で剣を振るう。


「我流剣術、剛剣・万断よろずだち!」


 俺の剣は岩壁をまるでバターのようにさっくりと両断する。

 そして次の瞬間、洞窟内に赤い血がドバっと入ってくる。やっぱりここは体内だったか。


「しっかり掴まってろよ!」

「はいっ!」


 俺はくっついている星乃を抱きしめると、彼女が濡れないよう流れ入ってくる血液をピッピッと切り裂きながら外に向かって飛び出すのだった。

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