第5話 田中、強さの秘密を語る
ゴブリンとダンジョンラットを倒した俺は、上層を下に下に降りていく。
道中トレントやコボルトにも襲われたけど、所詮は上層のモンスターだ。なんなく倒した俺は中層へとたどり着いた。
「ここから下は中層になります。さっきまでより強いモンスターも出ますので、注意が必要です」
上層と中層の見た目の違いは、ほとんどない。
壁や地面の色が少し黒くなっているかな? とは思うけど、それも良く見なきゃ分からないレベルだ。
じゃあどうやって区別しているのかと言うと、それは『魔素』の量だ。
人を覚醒させる要素となる未知の物質『魔素』。空気中の魔素濃度はダンジョンの奥に行くほど濃くなるのだ。
「中層ともなると、結構魔素酔いする人もいるので来る人は気をつけて下さい。あんまり一度に体に入ると中毒症状を起こしますので」
急に下の層まで降りて魔素中毒を起こして死ぬ。なんてのは昔はよくあった話だ。
登山と同じでゆっくり環境に慣らすのが大事なんだ。
"でもシャチケンはこの前、一気に深層に潜ってなかった?"
"確かに"
"そういえば切り抜きで見たわ"
"あれはなんなの?"
"説得力なくて草"
"どうせ完全耐性を持ってるとかでしょ(適当)"
"ありそうな話なのが怖い"
……確かにそんなことをしたな。
俺はそれの弁明をする。
「えっと……確かに私は魔素の耐性を持っているので深層に一気に潜っても大丈夫です。だけど多分普通の方がやったら体が破裂しますので絶対にやめて下さい」
"破裂すんの!?"
"こっわ"
"魔素くん本気出しすぎ"
"ひいっ"
"ほらやっぱり耐性持ってるじゃないか"
"究極完全体シャチクモス"
"なんで耐性持ってるの? 俺、魔素酔いしやすいから本気で知りたいんだよね"
"確かに、私も知りたい"
コメントを眺めていると、ちらほら自分も耐性を持ちたいという人が出始めた。
まだモンスターも出てきてないし、質問に答えても大丈夫かな。
「基本的にダンジョンの中にいればいるほど、体は魔素に慣れていきます。貴方も私と同じくらい……そうですね、月残業350時間の生活を10年ほどでしょうか。それくらいの時間ダンジョンの中にいれば自然と耐性がつくと思いますよ」
"無理すぎて草"
"ファーーーーww"
"聞いてるだけで吐きそう"
"須田ァ! てめえ一生出てくんなッ!"
"俺の推し配信者が社畜すぎてツラい"
"社畜になるか魔素酔いするかの二択か……"
戸惑ったコメントが流れる。
うーん、そりゃ嫌だよな。俺だってあの生活にはとてもじゃないけど戻りたくない。
「あ、後はダンジョンの中の物を食べても耐性がつきますよ」
俺はそう言って近くに生えているキノコを拾う。
青白く光るこのキノコの名前は『ルミナスキャップ』。もちろんダンジョンの中にしかない特殊なキノコだ。
このキノコの中には魔素が詰まっている。食べれば当然魔素を摂取することが出来る。
「いただきます」
俺はそのキノコを生でぱくりと食べる。
うん。少し舌触りが嫌な感じだけど味は悪くない。
"生で食ってて草、いや茸"
"オエーー!"
"光ってるものは食べちゃ駄目ってお母さんに習いませんでした!?"
"そもそも光ってるものなんて地上にほぼないだろ"
"ダンジョンの中の物って基本食べちゃ駄目なんじゃなかった!? それで入院したってニュースあった気が"
"待て。そもそも安全なキノコでも生は駄目だぞ"
コメント欄は阿鼻叫喚だった。
めっちゃ引かれている気がする。
「あ、でも食べるなら少しづつの方がいいですよ。魔素を急に取り込むと、やっぱり中毒起こすんで。私の場合はノルマがきつくて食事を摂る暇さえなかったから、ダンジョンの物を生で適当に食ってただけなんで……」
最初の頃は腹痛でぶっ倒れたりしたっけ。
でも働いて三年目にもなったら、生で食べてもお腹を壊さないようになった。人間の順応力も馬鹿にならない。
"そうやって魔素を取り込んでたのか"
"魔素を取り込めば取り込むほど強くなるっていうから、それで強くなったのか"
"シャチケンの強さの秘密を垣間見たわ……"
"だから強いんだな。こりゃ真似できん"
"真似したら死ぬだろ"
"この前下層に少しだけ行ったけど、五分で気持ち悪くなったぞ俺"
"不憫だ……"
"[\5000]可哀想過ぎる。これで美味しいものでも食べて下さい"
"およ?"
"あれ? スパチャ送れるようになった?"
コメントを眺めていると、初めて見る表記が出て目を奪われる。
これは……確か足立に貰った資料に書いてあったな。
名前は『スーパーチャット』だったか? 投げ銭とも呼ぶって書いてあったな。
なんでも視聴者が直接配信者にお金を送れるらしい。そんな機能があっても誰も使わないと思ってたけど、本当に送ってもらえるんだな。
おっと、まずはお礼を言わないと。
「スパチャの方、ありがとうございます。これで美味しいものを食べさせていただきます。どうやらスーパーチャットの機能が解禁されたみたいです。これも一重にみなさまのおかげです。ありがとうございます」
そう言って俺は深く頭を下げる。
須田に下げるのは嫌だったけど、視聴者にだったら苦じゃないな。
ちなみにスーパーチャット機能はチャンネル登録者数が一万人を超えたら解禁される。
その数は前回の配信で超えてたけど、超えたからといってすぐには解禁できないみたいで、色々身元とかがクリーンだと分かってから解禁されるらし。
そのタイミングが今だったってわけだ。
"[\2000]やっと金投げれる! 退職金贈呈します!"
"[\10000]ファンです! これからも配信楽しみにしてます!"
"[\500]少ないですが、お昼ごはんの足しにしてください!"
"[\15000]私からも退職祝いです!"
"[\8000]お前らちょろすぎwwもっと金大切にしろwww"
"[\3000]ここは優しいインターネッツですね"
続々と流れるスーパーチャット。
それを見た俺は目頭が熱くなり、目元を押さえる。
なんだろう。今までの苦労が報われた気分だ。
こんなにたくさんの人に良くしてもらうなんて初めての経験だ。会社を辞めて、配信者になって、本当に良かった。
"田中さん!? 大丈夫ですか!?"
"シャチケン、男泣き"
"年取ると涙腺ゆるくなるよな。分かる"
"はあはあ、泣いているところもセクシーですね……"
"ヤバいのいて草"
俺は涙を拭い、こらえる。
いけないな、最後までしっかりやらないと。
「ありがとうございます。みなさんのご期待に沿えられるよう、これからも粉骨砕身で配信いたします。これからも応援の程、よろしくお願いいたします」
"かしこまりすぎてこっちが恥ずいw"
"こちらこそよろしくお願いします!"
"粉骨砕身しないで体いたわって!"
"あー。この配信好き過ぎるかもしれない"
"今までのダンジョン配信を過去にした男"
"バイトしてスパチャします!"
温かい言葉を受けながら、俺は中層を進む。
そろそろ何かモンスターが出てくる頃かな。みんなの期待に応えるためにも、何か凄い方法で倒したい……などと思っていると、突然悲鳴のような声が耳に入る。
「……これは!?」
甲高い、女性の声。
明らかに下の方から聞こえてくる。
"え、事件?"
"これやばくない?"
"でもこのダンジョン、今封鎖されてるでしょ?"
"朝に何組か入ったって言ってなかった? エレベーターが壊れる前に"
"あー、言ってたかも"
"わ!? 映像が乱れた!?"
気づけば俺は駆け出していた。
別に正義を気取るつもりはないけど、俺の目の届く範囲で助けられるなら助けたい。
「少し揺れます。苦手な方は酔い止めを服用下さい」
俺はそう言いながら、ダンジョンを高速で駆け抜けるのだった。
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