第3話 田中、初配信する
「みなさんこんにちは、
俺はドローンに向かって一礼する。
Dチューバーはもっと明るくてウェイウェイしている感じが受けるらしいけど、俺はこの社会人ぽい丁寧な感じでやることにした。その方が俺としては楽だし、足立的にも「逆におもろい」らしい。
コメントが流れ始める。
"こんちはー"
"うわ! 本物じゃん!"
"まだビジネススーツで草"
"おはシャチケン"
"シャチケンってなに?"
"社畜剣聖の略でしょ"
"今日はどこ退職するんですか?"
"今日も深層ですか!? 私、気になります!"
"田中ァ! ちゃんと朝ごはん食べたァ!?"
「たくさんコメントをいただきありがとうございます。今日は西新宿断崖ダンジョンに潜ろうと思います。行っても中層か下層まで、深層はまたの機会ということでお願いします。それと朝ごはんは食べました、お気遣いいただきありがとうございます」
一瞬で流れ去るコメントを必死に追いながら反応する。
こ、これは中々難しいぞ。世の配信者の人たちはこんなことを毎日やっているんだな。尊敬する。
「ではもう現場の近くに来ているので、さっそく潜りたいと思います。あ、SNSなどで宣伝していただけると嬉しいです。今は私、無職ですので」
などと小話をしながら歩き出す。
今日潜る『西新宿断崖ダンジョン』は、その名の通り巨大な崖の中にあるダンジョンだ。
その深い崖を降りた先に地下ダンジョンが広がっているから、行くだけでもそこそこ骨が折れる。
なので迷宮管理局が最近崖の底まで降りる事が出来る管理エレベーターのような物を作ってくれた。
俺も当然そこに行ったのだけど……。
「えー……めっちゃ混んでる」
そこにはたくさんの探索者たちが長蛇の列を成していた。
何度かこのダンジョンに潜ったことはあるけど、こんな状況になっているのは初めてだ。いったいなんでこんなことになってるんだ? レアなアイテムやモンスターでも見つかったのか?
いや、まずはそれより今日の配信をどうするか考えなくちゃ。一発目からぽしゃるなんて絶対に嫌だぞ。
"【悲報】今日のダンジョンアタック、中止"
"さっそく配信事故かよ"
"楽しみにしてたのになー"
"やっぱりこの前の配信、合成だったか。金稼ぎ乙"
"チャンネル解除しました"
見ればコメントも荒れ始めている。
まずいぞ、どうにかしなきゃ。このままじゃ一発目から配信事故ってまとめられてしまう。足立に貰った資料を読んで勉強したのにこんなのあんまりだ。
なんとか立て直して見せる。
「何かあったみたいですね。他の人に聞いてみようと思います」
俺は平静を装いながら近くに居た探索者に話しかける。
知らない人に話しかけるなんて最近はさっぱりしてないから普段だったらそんなことしないけど、カメラが回っているおかげか話しかけることが出来た。
「あの、ちょっといいですか?」
「え、あ、はい……って、社畜剣聖さん!?」
話しかけた若い男の探索者は俺を見て大きな声を出す。
すると他の探索者たちも反応してこっちをジロジロと見てくる。
うう、注目されると胃が痛い……。
"もうすっかり有名人だな"
"ギルド勧誘くる?"
"探索者の連中の中にもファン多いらしいぜ"
"まああんな戦い見せられたらそうなるわな。俺達じゃ「すげー」しか思わないけど、探索者ならどれだけ凄いかよく分かるだろうし"
俺は一旦コメントから視線を外し、興奮気味の男性探索者と話を続ける。
「あの、やけに入り口が混んでますけど、何かあったのですか?」
「あ! 社畜剣聖さんも
楽しげに話す男性探索者。
西崖っていうのは『西新宿断崖ダンジョン』の略か? まあ確かに正式名称で呼ぶには長いけど略し過ぎな気がしなくもない。
「あの、混んでいる理由は……」
「あ、すみません。テンション上がっちゃって。えっと混んでいる理由ですよね。それが入り口に行く用のエレベーターが壊れちゃったみたいなんですよ。朝、何組かは行けたみたいなんですけど、途中で壊れちゃったみたいで。このままだと降りた人を回収することも出来ないってなってるみたいです」
「なるほど。ありがとうございます」
エレベーターの故障か。
だからこんなに人が集まってしまっているんだな。
機械が直るのを待つのは配信的にあり得ない。かといって違うダンジョンに行くのも興醒めだ。
見ればコメントも「つまんな」「持ってないなあ」「ま、故障なら仕方ないでしょ」など冷め始めている。このままじゃチャンネル登録者数が減ることも必至だ。
確か足立に貰った資料にトラブルが起きた時の解決方法が書かれてたな。
ええと、確か……そうだ、『お前が社畜時代にやっていた様に、力づくで解決しろ。それが一番ウケる』だ。
本当にそんなのでウケるかは分からないけど、まあ確かめてみるか。
「職員さん、ダンジョンに入るので受付してください」
「え? 社畜剣聖さん!?」
本日二回目の反応をされる。
もうダンジョン関係者全員に顔が割れてると考えて良さそうだ。やりづらいな……。
「あの、受付を」
「あ、すみません。今は中に入れなくて……」
「大丈夫です、受付だけしてください」
「はあ……」
ダンジョンに入る時には必ずそのダンジョンを管理している迷宮管理局の職員に申請する必要がある。ギルドに所属してたらそこら辺はギルドが勝手にやってくれたりするんだけどな。
俺はフリーだから顔パスとはいかない。
「……はい。これで受付は完了しました」
「ありがとうございます」
俺は礼を言って、断崖のそばに立つ。
崖は深く、底の方は全然見えない。
"うわふっか。落ちたら絶対死ぬな"
"高所恐怖症のワイ、無事死亡"
"今日は解散ですか"
"話題の剣聖様もさすがに無理っすかえwww"
よし、じゃあ足立の意見に従って、
俺はネクタイをキツく絞めて気合いを入れると、その崖からぴょん、と飛び降りた。
"え?"
"は?"
"ひえっ"
"ぎゃあああああ!?"
"死ぬ、死ぬ!"
"マジかよ!?"
阿鼻叫喚の様相を見せるコメント欄。
やっぱり飛び降りるって言っておいた方がよかったか? でもサプライズ要素も必要だって足立も言ってたし、賑やかな分にはいいか。
「よ……っと」
俺は空中で体を捻って制御すると、崖の壁を蹴りながら底を目指す。
「ちょっと酔うかもしれませんので気をつけてください」
一応そう配慮しながら、俺は崖の底に降りるのだった。
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