第2話 田中、たくさん受け取る

 足立の作った資料はかなり詳細なものだった。

 アカウントの運用方法から視聴者の多い時間帯、配信内容の案や配信トレンド、コメントの拾い方に他の有名配信者の情報など俺の知らないことがびっしりと図解付きで書かれている。


 俺は普段Dチューブを見ない(忙しくて見れなかった)から非常に助かる。

 足立はおまけとばかりに配信用のドローンもくれた。会社で使わなくなった型落ち品らしいけど、まだ全然使えるそうだ。これもめちゃくちゃ助かるな。


「おい田中」

「んあ?」


 急に呼ばれ足立の方を見ると、ピカッと光りが走って目を細める。

 いったい何をされたのかと思ったら、どうやら足立のスマホで写真を取られたみたいだ。足立はスマホを操作しながら「こんなもんか」と呟く。


「なんだよ」

「まあちょっと待ってろ……よし」


 足立はそう言うと、スマホのが面を俺に見せてくる。

 するとそこには『田中誠チャンネル』という名前がついた、俺のチャンネルがあった。アイコンにはさっき撮った俺の写真が使われている。

 見るからに疲れてそうな顔だ、あれだけ寝てもまだ社畜感が拭いきれてない。


「アカウントを作ってすぐは配信出来ないからな。念のため昨日作っておいたんだ。明日には配信開始出来るぜ。このアカウントのIDとパスは後で送っとく」

「お前……ほんと有能だな。いいのかここまでしてもらって。たいしたお礼は出来ないぞ?」


 俺は運ばれてきたステーキをもしゃもしゃと頬張りながら尋ねる。

 これだけ食べてなおかつこんなに世話になると流石に申し訳なさが立つ。

 しかし足立はちっとも気にしていない様子だった。


「無職にたかるほど落ちぶれちゃいねえよ。俺は楽しみなんだ、田中が活躍するのを見るのがな。だからお前は気にせず思い切りやれ」

「足立……悪いな。ありがたく使わせてもらうぜ」


 俺は資料をカバンにしまい、残っていたパンケーキタワーを一口で胃に収める。

 うん、腹七分目ってとこかな。


「そういや配信者になるって話で進めてるけど、他のギルドに入る気はあるのか? 配信内で勧誘されてたけどよ」

「ひとまずはフリーでやってみようと思ってる。自分の力を試したいし、あのコメントで応援される感じ、意外と嫌いじゃなかったんだ」

「そうか。ならいいんだけどよ」


 楽しげに言う足立。

 俺は時間を確認すると、カバンを手に取って立ち上がる。


「これから協会運営局に行って色々説明しなきゃいけないからそろそろ出るな。色々とありがとう」

「お、そうか。奏ちゃんは来るのか?」


 足立はニヤニヤしながら尋ねてくる。

 奏ちゃんと呼んでいるのは討伐1課の課長、天月奏のことだ。俺と天月が昔からの知り合いなので、天月と足立も顔見知りではあるんだ。


「配信で久しぶりに見たけど、奏ちゃん美人になったよなあ。前からかわいかったけど、あんなに綺麗になるとはな。コメントも大盛りあがりだったぞ。なんでも今は『氷の剣姫』なんて呼ばれてるそうだ。罵倒されたいってコメントがめちゃくちゃあって笑ったぜ」

「そうだな。本当に立派に育ったよあいつは。俺とは大違いだ。きっと今の俺を見て幻滅しただろうな」


 これから始まる取り調べには天月は来られないらしい。

 まあ落ちぶれた俺を見たくはないだろうから、あいつにとってもそれでいいだろう。


「いやいや、幻滅してたらわざわざあの場に来ないだろ。昔は『誠兄まこにい』『かなちゃん』って呼び合ってた仲じゃねえか。そう簡単に嫌われないだろ。それどころかきっと今も好……」

「いいんだ。俺が不甲斐ないのが原因だからな。せめて見直してもらえるようこれから頑張るよ」

「あー……まあいいか。奏ちゃんの前途は多難だな」


 訳の分からないことをいいながら呆れる足立。

 こいつは頭がいいはずなのにちょくちょく意味不明なことを言うな。


「ま、とにかくこれを呼んで明日から配信するよ」

「おう、仕事しながら見るから頑張れよ」


 そう言って俺と足立は別れるのだった。



◇ ◇ ◇



 翌日の昼頃。

 俺は西新宿にある『西新宿断崖ダンジョン』を訪れていた。


 大地に亀裂が走り、そこに生まれたこのダンジョンは現在中層までしか確認されていない。

 いきなり深層まであるダンジョンを派手にやると、すぐに飽きられるかもしれないから、まずはこの中規模のダンジョンでやることにした。

 バズの力は凄いけど、急に伸びると急に飽きられると足立の資料に書いてあった。怖い業界だ。


「配信用ドローンを飛ばしてスマホと同期。Dチューブとのアカウント連携もよし、と」


 足立に貰った資料を見ながら、俺は配信を開始する。

 そしてそれをSNSで宣伝すると、すぐさま足立がそれをリツイートしてくれて、拡散されていく。


 すると視聴者はどんどん増えていって、あっという間に1000人に達する。

 カメラの後ろにそれだけの人がいると思うと緊張するな。


"社畜剣聖キターーーーーー!"

"待ってました!"

"須田有罪確定ですってよ!"

"チャネル登録10000000回しました"

"少し顔色良くなった?"

"深層きぼんぬ"

"剣聖大明神"

"誰だ今の"

"今日はどんな戦いを見せてくれるんですか!?"


 流れてくる大量のコメント。

 思えば彼らのおかげで俺はあの会社を辞めることが出来た。その恩を返すためにも本気でやらなくちゃな。

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