第2話 田中、深層に行く

「よっ、ほっ」


 俺はダンジョンの中を軽快に駆け抜けていく。

 ダンジョンは大雑把に上層、中層、下層、深層と分かれているけど、俺が今目指しているのはその中でももっとも深い『深層』だ。


 通常であれば少しずつ降りていくのがセオリーなんだけど、今の俺にそんな暇はない。なので俺は一気に深層まで行くことにする。


「はあ……憂鬱だ。たまには家に帰ってゆっくり寝たい。温かいものも食べたいなあ……」


 道中、誰もいないことをいいことに愚痴る。

 映像は撮られているけど、社長もこんな移動シーンは見ないだろ。これくらい許されるはずだ。


「給料は上がらないのに危険な仕事ばかりで嫌になる……今日も二時間寝れればいい方だな……」


"それしか眠れないとかブラックギルドすぎて草も生えない"

"強く生きて"

"ていうか黒犬ブラックドッグギルドやばくね? 探索者雇用法ガン無視じゃん"

"録画とっとかなくちゃな"

"ていうか視聴者増えてきたな。最初は3人だったのにもう20人か"

"最終的に1万人くらいいったりしてw


「……電話が凄いな」


 スマホがぶるぶると振動して止まらない。

 画面は見ないけど、大方会社からだろうな。このスマホには会社関係の連絡先と昔からの友人数名の連絡先しか入ってないし。

 SNSの類もやってないし、そっちの通知でもないだろう。


「さて。じゃあ深層まで行きますか」


 渋谷地下ダンジョンは中央部が大きな吹き抜け・・・・になっている。なのでその大きな穴を飛び降りれば一気に深層まで行くことが出来るんだ。


 その吹き抜けにたどり着いた俺は「よっと」とそこから飛び降りる。


 もちろん危険な行為だからやる探索者はほとんどいない。俺だって馬鹿みたいなノルマを課せられてなければこんなことはしない。


"ぎゃあああああ! 落ちた!"

"自殺配信かよ!"

"死ぬ! 怖い!"

"なにやってんだよこいつは!!"


「……ん?」


 またスマホがぶるぶると震える。

 真っ逆さまに落ちながら俺は首を傾げる。


「今日は電話がしつこいな。何かあったのかもしれないけど、今は忙しいし無視するか」


 そう決めて俺はスマホの振動を無視する。

 ええと撮影しているドローンはちゃんと……ついて来ているな。撮影されるのはまだ慣れないけど、これも決まりだから仕方ない。


 会社記録用でもこんなにそわそわするんだから、実際に配信したらどれだけ恥ずかしいんだろうか。そう考えるとやっぱり配信者は凄いなあ。もし俺もやったらコメントとか貰えるんだろうか?


"うわあああああっ!! どんだけ落ちるんだよ!"

"これすっごい映像だな、貴重な資料だろ"

"掲示板から来たけど、これどんな状況?"

"渋谷ダンジョン

誤配信

落下中"

"把握"


 なんて考えていると、地面がどんどん近づいてくる。

 さてそろそろ着地準備をするか……と考えていると、大きな影が俺に近づいてくる。


『ガアアアアアッ!!』


 咆哮を上げながら俺に向かって飛んでくるのは、赤い鱗をした飛竜、レッドワイバーンだった。

 確かこいつは下層のモンスター。俺を餌だと思って飛んできたみたいだ。


"なんだあのモンスター!?"

"あれワイバーンだよ! かなり厄介でA級探索者でも苦戦するぞ!"

"あーあ。終わったな"

"あんな牙で噛まれたら痛そうだな……"


『ギュアアッ!』


 レッドワイバーンは大きな口を開き、俺に噛みつこうと襲いかかってくる。

 俺は空中で体勢を整えると、腰に差した剣を握る。


 そしてギリギリまで引き付け……一気に剣を引き抜く。


「ほっ」


 剣閃が走り、レッドワイバーンの動きが止まる。

 すると次の瞬間、レッドワイバーンの体が真っ二つに切り裂かれ、辺りに鮮血を撒き散らす。


「ふう、これでよしと」


 邪魔者を倒した俺は、すたっと地面に着地する。

 高いところから落ちたせいで足にずしっとした重みを感じるけど、この程度ならなんともない。


"……は!? 何が起きたんだよ!"

"レッドワイバーンが勝手に真っ二つになったぞ!?"

"剣を握ってたけど振ってないよな!? どういうこと!?"

"……もしかしてカメラのフレームレートじゃ追えないほど速い、とか?"

"そんな馬鹿な話あるかよ! 聞いたことねえぞ!"

"いや、レッドワイバーンもそうだけど、なんでこの人普通に着地してるの? 1000メートル近く落下したよね?"

"お も し ろ く な っ て き ま し た"

"同接増えすぎてて草。もう5万人になってるじゃん"

"SNSでも拡散されまくっているからな。もうお祭りよ"


「……スマホがうるさいな。どんだけ電話かけてくるんだ」


 絶えず震えるスマホから意識を外して、俺は前を見る。

 ここはダンジョンの深層。危険なモンスターが跋扈する危険地帯だ。気を引き締めなきゃな。


「……っと、さっそくお出ましか」


 顔を上げると、数々のモンスターたちが俺の前に現れていた。

 オーガにミノタウロス、バジリスクにデスナイト。どれも危険なモンスターばかりだ。


『ルル……』


 その背後には褐色の鱗を持つ巨大な竜『タイラントドラゴン』もいる。あいつタフだから戦いたくないんだよなあ……ノルマに入ってるから戦うけど。


「さて、業務しごとの時間だ……!」


 俺は剣を右手でしっかりと握り、モンスターの群れに突っ込むのだった。

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