愛の様な何か -タナトスとリビドー-

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ワタシは振り子の様に繋がり合う

ワタシはいつの間にか肌を重ねる事でしか生きていることを自覚できなくなっていた。

苦しいとか悲しいとかそういうのじゃあなくて、ただ人をもとめていた。いつの間にか。

高校生の頃は丸メガネに菊人形のように前髪を切り揃えた目の死んだ魚だった。

光が吸い込まれる程の濁った瞳の奥に映る男や女の煌びやかな生命力をじっと見つめていた。観察していた。角膜に刻まれる愛欲の数々にワタシは魅了された。

いつしかワタシは愛欲の化身の様に男達の欲望の捌け口となった。

肌を重ねると昂りの振動と共に伝わってくる欲動の交錯。心拍の呼応に併せてワタシは生を感じ昇天することができた。

男はワタシに群がり、ワタシを通して日常の中で処理しきれなかった汚泥をワタシの中に吐き出した。

周囲は関わるべきでない人間と看做したが、それでもワタシの元には多くの男が群がった。便所のように扱おうとした男もいた。

けれど、ワタシは便所ではない。愛欲そのものなのだ。モノのように扱う男とは行為をやめたいと懇願するまで脈動させ続けた。泣き喚いてもとめなかった。

男はそんなワタシに快楽や享楽を植え付けられ退廃した。機能不全になるほどにのめり込む男もいた。

それが苦しくも悲しくもなかった。

けれど、行為をしていないと生を実感することができなくなってしまった。仕事中も行為のことばかり考えて手が震えた。

手の震えに欲情した。ワタシは生を求めるように肌を求めた。

無感情のままに行為すると達する時にだけ頭の中に光の筋が走る。それをワタシは生と呼んだ。ワタシは生をもとめた。

求めるあまり男に満足できなくなった。彼らの汚泥では足りなかった。

そんな時に彼と知り合った。運命だったのだと思う。

彼もワタシと同じように愛欲と性欲の区別がつかなくなって彷徨っていた。彼の瞳を覗くとワタシと同じくらい濁っているのがわかった。悍ましいと思うだろう。ワタシは美しいと感じる。

彼の瞳を見つめるとワタシの瞳が彼の瞳に映る。行為を重ねるたびに天高く伸び宙を越え星々の煌めきを通り過ぎ果ての凡ゆる光を吸収する無の収束地に私達は到達していた。

そんな瞳をしていた。

彼との行為は終わりを迎えなかった。一日中やるだけやって、互いにかりそめの日常に戻り、役目を終えると二人まぐわって暗黒の中に光の筋が見えるまでつづける。

何度も何度も光を見る為だけにまぐわりつづけたこと少なくなかった。

ワタシと彼は繋がったままに共鳴を重ね一つになって生を体感する。

リビドーとタナトスのメトロノーム。

打ち付ける度にタナトスが消える。また現れる。タナトスが消える。光が走る。タナトスが産まれる。欲動の赴くままに互いを知り合って同化していった。

リビドー…タナトス…リビドー…タナトス…

一定のリズムを刻んで彼女は生の実感を得ている。彼女の鼓動を感じる。孤独を受け止める。脈動を与える。彼女の震えを感じ取る。

彼女はワタシに何かを与えたがっているようにみえた。だが、ワタシも彼女に何かを与えたかった。

苦しみから離れるには暗黒の地に光をもたらせねばならない。その為に呼応する。振動する。脈動する。打ち震える。

何度も何度も繰り返すうちにワタシたちの関係は少しずつ変化を見せた。

二人は一つになっていつしか呼応して心音を一つに併せて繋がっていた。

心臓の脈動が一つに重なり合い一定のリズムを刻む。

リビドー…タナトス…リビドー…タナトス…

やがて、テンポはゆっくりと落ちてゆき、しまいにリビドーとタナトスは呼応することをやめた。

リビドー…タナトス…

最後の一音がワタシに響き渡った時に、二人はようやく安寧を享受した。

二人はひとつになり、互いに手を繋いで生きる道を見つけたのだった。

その時にはリビドーとタナトスは遠い彼方に旅立っていた。

私達は互いの澄み切った瞳を眺めながら落ち着いた日々を過ごしていたのだった。


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