第17話
奇妙な生活が始まった。幻覚、というにはあまりに明確な妻の姿。
我が家の片隅で、買い物に出た街角で、電車が来るのを待っているプラットフォームで、いたるところで、妻の姿が目に入った。
興味深いのは、その日によって、彼女の像が微妙に異なることであった。
最初に遭遇した時のようにくっきりと見えることもあったし、うすぼんやりとした幻影のように見えることもあった。
しかし、その表情はいつも一緒だった。あの虚ろな目つきである。
人間の「慣れ」というのは恐ろしいもので、私は彼女の姿を見つけてもあまり恐怖を感じなくなっていった。仮に、私に見えている像が、彼女の霊魂だったとしても、それが私に危害を加えるとは、どうしても思えなかったからである。
まず、第一に彼女の態度である。
こちらが彼女を認識して視線を送っても、彼女が見つめ返すことはなかった。それどころか、彼女は何も見ていなかった。
一応、機能として眼球は持っている。ただ、視るという行為を放棄しているように見えた。いや、それこそ、一切の行為を拒絶しているように思われる。
第二に、死の間際に彼女が残した言葉である。
彼女は謝罪を口にして、この世を去った。怨嗟の言葉ではない。無論、彼女が最期の瞬間まで、私に気を使って本心を隠した可能性はある。
しかし、死を直視した人間は、否応なく正直になる。彼女が私を恨んでいたのなら、はっきりとそう口にする。私は彼女との生活を通して、そういう風に彼女の性格を理解していた。
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