第6話

灰流の研究室を訪ねたのは、開発中のシミュレーションソフトの打ち合わせのためであった。


私が転職した会社は、度々、彼女の研究室からソフト制作の業務を請け負っており、この度、彼女が新規の研究プロジェクトをスタートさせるにあたり、再び当社にソフトウェアを発注してきた次第である。


しかし、私の入社と時を同じくして、従前より彼女の研究を二人三脚で手伝ってきた当社のプログラマーが退社することになってしまった。


そこで、その後釜として、入社間もない私が担当者として抜擢されることになったのである。同じ日本人であり意思の疎通が容易である、と上層部が考えたのだろう。


前任者から引き継ぎは受けているので、先方の要求は分かっていた。こちらの認識と齟齬がないのかを、私は一つ一つ確認していく。


「今回も、物質同士の衝突をシミュレーションする演算ソフトのご依頼ですね?」


「ええ、そうです。基本的には、以前から御社にお願いしているものと同じですが、以前のものより、より小さい物質を想定しています。またコンピュータ上で再現する、仮想環境も少し幅を持たせて設定してください。まあ、要するに、より精緻で、より細かな演算が出来るような仕様で作って欲しい、という訳です。要求スペックは今纏めているところですので、出来次第、メールします」


なぜシミュレーションが必要になるかというと、とかく実験設備は作るのに金がかかる。実際、いざ稼働させてみたら、うまく機能しない、ではシャレにならない。機械によっては、何億円単位の金をドブに捨てることになる。


だから、事前に機械の仕様をコンピュータ上で再現して、仮想的に何万回と試行した上で、不具合をあぶり出すのである。そういった事前のトラブルシューティングをして、初めて実際にモノを作る。


無論、シミュレーションソフトも決して安い買い物ではないが、灰流が作ろうとしている加速器は制作に莫大な資金が必要になる。その巨額のカネに比べたら、ソフト代など安い買い物である。


私はその後も、いくつか質問をして、ソフトウェアの完成イメージを固めた。灰流との会話は、打てば響く、といったような感じで、研究者にありがちな冗長的な言い回しや曖昧な物言いは一切なく、イエス・ノーがとてもはっきりしていた。


打ち合わせは特に滞りなく進み、今後は逆に灰流が私に質問を投げかけてきた。


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