ある魔術師についての言行録

@bankman

第1話

魔術は非常に感覚的なもので、人によって捉え方が大きく異なる。

だから、魔術に関する統一的な理論というのは存在しない。魔術は技術というよちも、に近い、とも言える


いや、こういった抽象的な議論で、説明を進めるのは、きっと退屈だろう。


やはり、「私」がどういった経緯で、魔術と出会い、自身もその世界に深く関与するようになったのか。そういった具体的な語り口でないと、魔術についての説明は出来ない。


まずは私が、まだ若者であった時代の話から始めよう。


1990年台中葉。当時はインターネットの民間利用がようやく始まった段階で、ITが社会を大きく変えつつあった。私は、学生時代から、パソコン通信(今の人には馴染みがないと思うが、まあ現在のワールドワイドウェブの先祖のような存在である。電話回線を用いて、コンピュータを繋いでいる)に入り浸り、自分で簡単なプログラムを書いたりしていた。


当時のインターネットは、まだまだ大衆には遠いものであった。そんな訳で、パソコン(当時は「マイコン」と言った)に詳しい「私」は、周囲からも変わり者として見られており、学生時代もあまり友人には恵まれなかった。


いや、自分から友人関係を拒絶していた、と言うべきか。


大学を卒業後、私はプログラマーとしての職を得た。より自分の技術を深めたい、との思いからである。主に実験用のシミュレーションを行うソフトウェアの開発に携わった。


今でこそ、IT企業は社会において一定程度の位置を占め、いわゆる「大企業」になったITベンチャーも数多くある。しかし、当時はIT業界自体がまだまだ未成熟だった。


プログラマーという仕事も珍しく、親戚一同からは、「そんな意味不明な世界に行くのは辞めておけ」と何度も説得を受けた。しかし、私は聞く耳を持たなかった。


なぜなら、ITが今後の社会を変える、そして、IT業界もまた凄まじい勢いで拡大するとの確信があったからだ。願わくば、大きな変化が起こる渦中に、自分の身を置きたい。当時の私はそんなことを考えて、とある中堅のソフトウェア会社に入ったのだった。


果たして、読みは当たった。営業など不要なぐらい、仕事は山のようにあった。私は、馬車馬のように働いた。若かった、ということもあるが、当時は単純にコードを構築して、目に見える形で製品として結実させることが、本当に楽しかった。


しかし、仕事はすれどもすれども、無くならない。社員の絶対数が足りていない。足りないなら、採用するしかないが、そもそも労働市場における「プログラマーの絶対数」が少なすぎる。となれば、自前で採用する他ない。


会社は未経験の人材を採用し、それらを私が教育して、一人前のプログラマーに仕立て上げた。そんなふうに、私は自分のチームを組成し、より大きな案件に取り組むようになった。


自分で言うのもなんだが、私は「人に教える」という行為の勘所が分かるようで、最短距離で未経験の人間を、それなりのプログラマーにすることが出来た。いうなれば、人材の促成栽培だ。


会社の売上は増え、私も若くして取締役会の末席を占めるようになった。仕事自体はとても充実していた。しかし、人生なかなか思い通りにはいかない。ここで思わぬ災難に見舞われる。

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