第18話 動き出した世界

 ニューヨーク・ディリータイムズから始まった叩きは、欧米では沈静の兆しが見えていた。実際俺の事業に好意的な意見も多く見える。

 ところが日本国内では、相変わらずの逆風が吹いていた。

 原因はマスコミの偏向報道なのは間違い無いが、責任の一端はこの男にもあった。


「やあ、初めまして嶋山です」


 にこやかな笑顔で、TVカメラを意識した嶋山幸夫は俺の手を握った。

「初めまして総理。焔アキトです」

 ホテルの会議室での一幕である。当初は官邸を使う話もあったのだが、やりすぎの声と共に消えた。


 地球温暖化への対策として打ち出した、嶋山インテンスは得意の思いつきだった。国民に一切の説明もなく、温室ガスを二五%削減すると言うのだから。


「考えて貰えましたか? アキトくん」

 両手でアキトの手を握り、マイクの位置を

計算して言葉を出す。

「さすがにここでは」

 アキトが口ごもるのも無理は無い。

 日本政府からの要請は温暖化対策の協力でそれ自体は問題は無い。俺としてもいくつかは協力出来るだろう。


 だが……。


「申し訳ありませんが、即答は出来かねます」

 これ以上の答えは出せなかった。

 何せ俺の触媒技術を差し出せと言うのだから……。


「そう、えっ!? そうなの? うーん、それは困ったな」

 嶋山の言葉に一斉にフラッシュが焚かれた。ある意味確信犯である。マスコミを前にして返事を聞き出そうと言うのだから、普通なら断れない状況で聞くこと事態が断るとは思っていないのだろう。

「はい。私一人で決められる事とは……まさか? 思っていませんよね?」

「いやっ、それは……」

 口ごもる態度で明らかな様に、いささか常識外れの要請でもある。


 まず近隣諸国への無償提供。


 それも現物の提供では無く、技術を提供しろと……。

 特に中国からはソースコードを明かせと言われている。また韓国は発電施設と自動車関連で協力と言う名の支援要請だ。

 しかもご丁寧に日本では、天下りの役人が主導で生産の青写まで出来ている始末だ。

 補助金を付ける変わりに、官民主導で事業を行うと言うのだ。


 これでOKを貰えると思う方がどうかしているだろう。


 さすが民政党と言うほか無い。


 販売はいつの間にか商社が握る話になっていて、俺はただ作るだけで良いと……。

 止めは環境税を設けて課税する案まで出ていると言う。温室効果ガスの抑制のために無害な触媒を提供しろと良いながら、それに税を掛けるのだから本末転倒である。


 ざわめくなか俺は、本格的な日本からの撤退を考えたいと思った。



 

       ※




 政府の要請を断った影響は様々に現れた。


 まず輸出入の税関がそれだ。謀ったように手間がかかる。


「これは嫌がらせでしょうね」

 美枝が溜息をつくまでもなく、嫌がらせと呼べる仕打ちは続いていた。

 許認可での期限一杯までの放置は当たり前。ありとあらゆる嫌がらせは、何処の役所でも行われた。


「抜き打ちの検査は数知れず。消防に警察、保健所もありましたね?」

 俺もあきらめの境地だ。

 工場の従業員も先月退職者が出た。報道を見た家族から働くのを反対されたのだ。

「四面楚歌って、こういうのを言ったのねー、あははは」

 夏希も笑うしかない。自分の母親も顔を合わせれば、何時辞めるのか聞いてくる始末だった。

「まー、借金が無いのが救いね」

 沙月が言った通り、俺の事業は好調だ。例え日本でまったく利益が出なくても、欧州市場の利益だけで事業を回せた。

 競争相手のいない独占事業というのは、恐ろしく利益を生み出せるのだ。

 英国の支援に続いてギリシャでも支援を打ち出した。そして、アテネに土地を確保出来たのは大きかった。魔素が豊富で上手くすればギリシャでも、核の生産に着手出来るかも知れない。


「しばらくは我慢で行きましょう」

 世間が落ち着くまでは暫く掛かりそうだと俺は思った。



        ※



 欧州では一つの話題が持ち上がっていた。


『若年性ガン治療薬』と呼ばれた、ご存じ魔法薬である。

 臨床治験の段階に入ったこの薬は、効果時間を考えてソールズベリーから八時間圏内で使われた。

 一五歳を一として見ると、二〇歳で約二倍。

 そこから一〇歳ごとに増え続けるが、驚くことに五〇歳を越えると使用量が激増したことから、生産量を考えて現在は若年者(三〇歳未満)を対象にしている。


 治癒率一〇〇%と恐るべき数字を叩き出し。

 BBC(英国放送協会)のドキュメンタリーでは、治療の過程がつぶさに公開された。

 人々は驚喜した。ガンで死ぬ事は無くなるのだから。


 だが夢の薬は争いも産むのだ……。


 欧州は新たな闘いが起き始めた。



        ※




 特徴的な五角形の建物。ここはワシントンD・C郊外のアーリントン。多数の軍人軍属を一手に収容するペンタゴンである。

「まさかペンタゴンにこんな場所があったとは」

 地下深く掘られたバンカーと呼ばれる地下室に設けられた会議室。集められた人員の中で、もっとも地位の高い人物は大統領である。

 その大統領でさえ知らないと言う事実が問題の複雑さを表していた。


「それで? わざわざホワイトハウスでは無く、ここまで来させたのは何故だ?」

 そう通常なら大統領を呼びつけるなど、あり得る話では無い。


「私から説明いたします」

「誰だ? 見たことは無いが?」

「ヒルデガルト・アグリッパと申します」

 年老いたドイツ系の男は、祭服を着ていることから司祭である事が分かる。


「前もってお伝えしておきますが、これから離す内容は記録には残りません。また私達の存在を知った大統領は、あなたが三人目であることもお心におとめ下さい」

 声が濁るのは咽を切られた所為なのか? 祭服の襟元からは傷跡が見え隠れしている。陰気な気配を漂わせ、見た目はただの老人に見えた。


「三人目? この国の大統領が? どういう事だ!」

「申し訳ありません。すべてにお答えすることは出来かねます。ここはルーズベルト大統領の命で設置され、その後ケネディ大統領に報告されてからは危機が起きるまで封印されました」

「封印? ケネディ自身の命令なのか? 危機とはなんだ!?」

「それについても説明させて貰います」

「……話せ」

 不快感を隠そうともせず、大統領は一言だけ告げた。


「危機とは、アキト・ホムラについての事です」

 表情を見せず事実のみを伝えるだけとでも言うように、大統領に淡々と告げる敬意の欠片も見えない態度。

「アキト・ホムラ?」

 最近の報告に、度々上げられる東洋人の名前を聞いて眉をひそめる。

「はい。調査の結果、彼が魔術を使っている事が判明したのです」

 ヒルデガルト・アグリッパが告げた事柄は奇妙な物だ。この世に魔術など信じられる者では無い。

 だが……彼の口から明かされた事は……。


「大戦中にドイツ軍からある物を接収しました」

 この大戦中とは第二次世界大戦の事である。

「ヒトラーの死後見つかった物を我々は聖杯と呼んでおります」

 奇妙な話の内容はこうである。


 ルーズベルトによって設置された極秘機関は、ヒトラーが進めていた魔術に対抗するための物だと。

 ヒトラーの死後、ソ連軍に遺体は回収されてしまうが、連合軍はある物を手に入れた。

 それが『聖杯』である。


「回収された聖杯を使ってヒトラーが何をしようとしていたのか? 長年これは疑問でした。それの一部が明らかになったのがケネディ大統領の時でした」


 ケネディ時代に『聖杯』の特性が明らかになった。


「ヒトラーの作った魔方陣に反応しました。『聖杯』は魔術に……いや魔法に反応したのです! もっとも大規模な魔方陣をすべて解明することは、現在でも出来てはいませんが……」

 大統領に語るヒルデガルト・アグリッパの目は、狂気に支配された者のように見えた。

「魔術や魔法など……とても信じられん」

「大統領は聡明であられて知識も豊富ですが……目に見えない物を信じられないご様子。ですがここペンタゴンも、魔術を利用しているとしたらどうですかな?」

 口元をわずかに歪めて嬉しそうに話す。


「なっ! なんだ! ペンタゴンが魔術を使っていると言うのか!?」

「はい。その通りです。五角形は魔方陣を模しております。合衆国に対する魔術的影響を排除するための装置ですな」

 そう断言する。

「そして『聖杯』は告げたのです。アキト・ホムラの作った核に魔法が使われていると」

 ここで言う『聖杯』は西方教会で言うところのカリスでは無い。ルカの複音書から消された部分にそれが記されていた。


 何故? 消されたか? それは分かっていない。オリジナルは救世主の血を使って『聖杯』は作られその後、同じ手法を使って使徒の血で作られたとされている。

 もっともその事実を正確に伝えた書物は、現存しない事になっている。


「我々が入手したのはオリジナルでは無く、レプリカですが……」

 連合軍が入手した『聖杯』は二つ、英国と米国がそれぞれ持ち帰った。

 ヒトラーが手に入れた『聖杯』の数は不明だが、使徒の数だけ有るなら一二個は作られたことになる。

 密かに教会に問い合わせたが、回答は得られなかった。

 オリジナルを含め幾つ現存するかも分かっていない。

「どこでアキト・ホムラが魔術の知識を得たのか? 実際は不明ですが……我々は英国の関与を疑っています」

「英国が魔術……とか言うのをその男に使わせていると?」

「いえ、そこまでとは思っていませんが、ただの少年が魔術の知識を持つことは不可能です。誰かが与えたと結論しました」


 微妙にずれた結論だが、責められる物ではない。まさかアキトが前世で魔術師だとは想像も付かないのだから。


「ふむ……アキト・ホムラか……」


 その日、アキトに対する調査の命令が極秘に出された。




        ※




 夜のとばりが押し寄せる頃、ソールズベリーに不穏な気配が漂った。

 気づいたのは工場に潜入したと言うか、現在は普通に勤めている二人である。


「ん!? 何か変ね? 感じない? リリベル」

 工場に隣接された寮の一室。後は寝るだけの時間にマリベルは異変に気がついた。

「……ええ、お姉様。これはただの侵入者ではありませんね」

 最近増えてきた侵入者は一応確認はしていた。普段は脅威になる様子では無かったので、そのまま放置していたがマリベルの感は危機を告げていたのだ。

「行くわよ!」

「はいっ!」

 二人はおそろいのエプロンドレスに身を包むと、鞄の中から十字の付いた銀の短剣をマリベルは手にする。リリベルはどこから出したのか錫杖を担いでいた。


「あら? それ使うの?」

「はい。東洋の神秘です」

 うっとりした顔で錫杖にほおずりするリリベル。

「そっ……そう、良かったわね」

 この二人に宗派の違いや宗教の違いなど無い。もともと神など信仰してはいないのだから……。


「さて、美味しい物を頂いたお礼をしないとね。食べた分くらい働かないと」

「あっ! それ良いですね。受けた依頼はあくまで籠絡か排除ですから、ターゲットが不在なので私はご飯を守る事にします!」

 力強いリリベルである。


 二人は夜の闇に飛び出した。



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