第6話 商品化の行方

「本当にこれで出来るの?」

 沙月の疑問は当然だろう。以前に目にした工場の機械に比べて、あまりにもチープな箱と言っても良い。

「もちろん、十分です」

 俺の返事を聞いても、まだ不審そうな顔をする。

 わずか二メートル程の長方形の箱にしか見えないからだ。

 披露しているのは、会社の命綱と言っても良い触媒の製造機であった。

「なんと言うか……あはは」

 夏希もあきれ顔だ。

「これ一台で日産五百は可能だと思います」



 出て来た五センチ程のコアは塩水に漬けると発電する。繋げることで発電量を増大する事も可能な上、二酸化炭素なども出さない。

 効果は試験の結果から最大に発電するのは、三ヶ月でそこから徐々に下がって行き六ヶ月で二十%に落ちる。


 そうなる様に作ったのは俺だった。


 錬金術はいわば自然学の集大成でその範囲は広い。大きく分けると錬成と化合が主になる。

 もちろん、他にもあるけど。


 以前なら。そう、前の世界での話だけれど、錬成は異なった物を一つにしたり取り出したりといわば鍛冶に近く、化合は魔法薬など素材を変質させて効果を持たせていくと考えられていた。

 けれど、この世界で学んだ俺は気が付いたんだ。


 真理ってやつを。


 この世界には学問があって、魔力を用いないで現象を解明していた。

 たとえば、この世界の物理学者が物事を解明して行くと物理学が生まれた。

 元の世界には無かった発想とアプローチで実に新鮮な学問。化学も同様で様々な仮説を採用し、物質の構造や性質を解明することで知見を積み上げる学問である。


 非常に論理的で理に叶った手段。


 でもそれは一面の理解でしかない。なぜなら、まだ世界で観測されていない魔力があるからだ。

 魔法を使っていないこの世界でも、実際には魔力はあって、きちんと作用している。目に見えないだけで。

 だから僕のように魔力の存在を知っていて、実際に行使出来る者が科学を学んだ場合。


 錬金術は分解と結合だった。


 物理法則に魔術効果を持たせたものが錬金術や魔術なのだと理解してしまうのだ。

 そう、知ってしまえば何のことでは無い。

 そして素粒子こそが魔力で、分子原子を自由に組み換えると考える事が出来ると定義してみれば。


 もちろん、それ以外にも作用してそうだけど、今は置いておこう。


 核の中には触媒と名付けた物が入っていた。ありふれた合金を使っているが、これは秘密がある。

 まず形は魔方陣を幾何学的に模してあった。

形自体が呪文の様な物で魔力はあらかじめ入れてある。

 発動のキーは設定された物で、この場合は塩水であった。浸かると発電を行い取り出すと止まる。もちろん変更も自由に出来た。

 魔法は結構自由に定義できるからだ。

 魔術回路で効果を限定するなど仕掛けは様々だったが、ありふれた魔法具の一種と言える。


 歴代の魔術学者が悩んでいた問題も、素粒子──素粒子の一部かもしれない──が魔力とすれば解決する。それが錬金術の真理で魔法の仕組み。


 もっともまだ仮説だ。証明されて無いから。でも理論理屈としては正解だと思う。


 そのうちきちんと魔力を観測したいけれど、現状ではその方法は無い。


 それにしても────。正しい理論に基づく魔術行使。イメージが重要な魔術でこの違いは大きい。最小魔力で最大威力。いまなら旧世界のイステリア一の宮廷魔導師も裸足で逃げ出すだろう。


 なんて偉そうに言っているけど、一から自分で見つけたわけじゃない。

 誰かが見つけた理論や現象を錬金術に取り入れただけなのだから。

 コアに使っている魔法陣は、魔術だけでは対応出来ない部分を神の言葉とされる〈神聖文字〉で描き表す技法だ。


 特に、平面に書かれた魔法陣を立体に組み替える手法を利用していた。

 錬金術の考え方で「形には意味がある」という考え方があったからだ。

 特定の図形は魔術的作用をする。。この世界にあるヘキサグラムなどが例になるだろう。魔法陣では良く使われているのだ。


〈神聖文字〉を図形化するのは難しい。

 俺は、スクロールなどの平面より、自由度と作用が効果的になるように立体化して、相互に補わないかと考えた。

 これが実現すれば凄い事で、巨大な魔道具の小型化や複数の効果を持た組み合わせが簡単になる。


 例えば温水を出す魔道具を作るとしよう。


 まず水を作る魔法陣、続いてそれを温める魔法陣と最低でも二つ必要になる。実際にはもっと細かく、例えば温度はどれくらいとか水の量とか、組み込まなければならない魔法陣の数はどんどん増えていく。


 それを組み合わせて簡略化するのが目標だったのだ。

 複雑な文様を立体的に組み合わせて簡略化。言葉にすると簡単だが、その組み合わせは無限にある。試行錯誤しながらは膨大な時間がかかった。それこそ一生を費やしても足りないくらい。

 ところがこの世界にはパソコンがある。

 それこそスーパーと名が付く特別な物じゃなくても、目の前の汎用品。

 そう例えば、机の上のノートパソコンを使えば、複雑な図形も文様の組み合わせもあっという間で、魔法陣を組み合わせることが出来た。

 あとは3Dプリンターで造形に入らせた。

 出来た立体魔法陣は、3Dプリンターで出力された樹脂製の、とても脆い立体魔法陣だけれど問題は無い。

 錬金術なら、イメージさえ出来れば完成後に材質を変えられたからだ。


 そのようにして俺の触媒理論は作られていた。



        ※




 生産を始めてから三ヶ月。


 広告も打たずに始めた事業にしては順調だった。

 俺は国内で主に漁船を作っていた会社の提携から始めた。

 沿岸で漁にいそしむ小型の漁船を選んだのだ。

 コアを使って、エンジンを電動化にした。

 これが大当たりしたから笑いが止まらない。


「にいちゃん! 凄いぜ!」

 漁師の親父がわざわざ会社まで魚を持って訪ねて来た事があった。

「正直言うと、もう年だし漁を諦めようかと思ってた」

 涙まじりでしわくちゃの顔は、真っ黒に焼けていた。強く俺の手を握り締めて。

「これ! 喰ってくれ」

 そう言って、燃料費の高騰に苦しむ漁師は感謝の言葉を述べたのだ。


        ※



「アキトくん、自動車会社から注文が入ってる」

 自動車大手のトミタからの注文である。提携ではなく、いきなりの発注とは恐れ入った。

 断られる事など無いとばかりに、値段まで記入された発注書だった。もちろんトミタ自動車の書式である。

 そういえば、前に資材調達部の課長が来てたな。


「ふーん……」

 俺は眺めると丸めて捨てた。

「ちょっ! ちょー! 捨てるの? トミタだよ!」

 沙月が驚くのは無理もない。

 経団連の会長も務めた人物のいる会社である。

 日本の一流と言っても良い企業だ。


「あー……沙月ちゃん、あそこは駄目なの」

 若干あきれ顔で夏希が説明する。

「前にね、経団連のパーティーで色々とあったから」

 そう、大江商事を俺が継いだまもなくの時期であった。

 経団連主催の会場で挨拶に行った俺に対して、当時の会長であったトミタの社長が言ったセリフ。


        ※


「ん? 誰だねこんな子供を連れて来たのは? 大江商事? ああ、あの成り上がりの会社か」

 確かにバブル期で業務を拡大したのは事実である。

 しかし……大人の対応とは思えなかった。

 名のある企業のトップとしても失格であろう。

「まあ……せいぜい頑張りなさい。もっとも会社としては諦めたのかもしれんが」

 当時はこれくらいの認識であった。米国で評判の科学者であっても、今ではつぶれかけの企業を継いだ若造。

 触媒理論も話題ではあるが商品化の先行きは不透明で、俺の日本での評価は低かった。


 

       ※



「て、事があったわけ」

 苦笑いの夏希である。

「ひっどーい! 最低ね!」


 この件は結局黙殺する事にした。天下のトミタ自動車からの注文を、返事も無しで無視したのだ。

「もともと日本では、これ以上売る気はありませんから」

 俺の一言で、最初の売り込み先に選んだのは英国に決定した。

 市場を考えると米国が一番見込めるのだが、俺には考えがあったからである。


「何とかしてくれそうな人もいますから」

 企業の経営で考えるといろいろ間違っていそうだが、これが俺だ。


 


       ※



「それで相手の反応はどうなっている?」

 ここは霞ヶ関の経済産業省の会議室である。

「芳しくありません」

 そうそうたる局長課長級が集まって議題にしているのは、アキトが開発した触媒の扱いである。

 経済大国日本の、唯一と言っても良い弱点は資源の少なさである。それが一気に世界最大の資源国に変わるチャンスなのである。

 官僚たちは、これを民間に預けるべきでは無いと考えていた。


「これほどの技術は国が管理するべきだ」

 次官が神経質そうな顔で発言すると、他の出席者も一応にうなずく。

「何か規制を掛けるべきでしょうな」

 課長の声でさらにうなずく。

 会議は盛り上がっていった。しかし……。



 当事者であるアキトの事など、誰も眼中に無いのだろうか?

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