第4話「原作未プレイだけど二次創作は知ってる」
「お兄ちゃん! 最近『ワクワク運動部』というゲームが流行っていますよね?」
「あー……そういや流行ってるな」
俺は曖昧に返事をする。その理由は美月が突然持ち出したタイトルが十八禁と言うわけではないが、ショッキングな展開をするADVということで良くも悪くも有名になっているからだ。中学生がプレイするのは少々早いような気がしないでもない。
「それでですね、二次創作をやってみようかと思いまして……」
「二次創作か……確かに出来る場所はいくつかあるが、絵にせよ文にせよ作れるのか?」
俺がそう尋ねると美月は爆弾発言をした。
「知らないですけど可愛い絵柄ですしほのぼの日常系を書けばいいんでしょう? 楽勝ですよ!」
この断言に俺は不穏なものを感じて訊く。
「なあ……まさかとは思うんだけどさ……お前『ワクワク運動部』プレイしたこと無いのか?」
「へ? プレイってアレはゲームなんですか? 普通にタイムラインに流れてきたので漫画か何かだと思ったのですが……?」
「アウト!!!! それは原作へのう冒涜だよ! やっちゃいけないことのトップクラスだよ! 絶対に炎上するからやめろ!」
キョトンとしている美月に対して俺は噛んで含めるように説明した。
「いいか? 原作は知らないけど二次創作始めましたとか地雷発言のトップだからな? 原作を知っている人からすればそれを読んでキレても仕方のないことだぞ、原作もせずに二次創作をするのはリスクでしかないんだ。頼むからやめてくれ」
俺がそう言うと無邪気な顔で質問をしてくる。
「でも、結構二次創作を原作知らないままやっている人は多いですよ? 学校でも文芸部の人に訊いたところ同人小説サイトではよくあることだって言ってましたよ?」
「なにそれ!?!?!? 今の中学生怖い」
「お兄ちゃんも私と同い年でしょうが……双子なのに何を言っているんですか?」
そういう問題ではない、原作は絶対だと思っているオタクからすれば原作者でも無いのに独自設定がどこか公式設定も知らずにやっちゃうのが怖くて仕方ない。PCで掲示板を見ていたときには原作を見ずにSSを書いたと公言してボロクソに言われている人を多く見てきた。原作は絶対なのだ、それをおろそかにするというのは足し算さえ怪しいのに三角関数を扱うようなものだ。当然のことながら持て余して滅茶苦茶になるのが目に見えている。一応それっぽい物が出来てしまうこともあるが、それは基礎工事をせずに建物を建てるようなものだ。子供の一押しで倒れてしまうようなものになることさえあり得る。
「いいか? この際『ワクワク運動部』の二次創作をするなとは言わない。ただし原作はなんとかプレイしておけ、コンプしろとまでは言わんが一通り目を通しておくだけでも二次創作の出来は天と地の違いが出るからな」
俺の言葉が理解出来ないのか美月は呆けた顔をしていた。
「そ、それは怖いですね……そんな恐ろしいことが本当にあるんですか?」
「あるぞ、間違いなくある。だから金が無いというなら多少は出してやる。なんとかして原作をプレイしろ、いいな?」
「はい……じゃあ二次創作は原作にあたりやすいものの方がいいんですね?」
「いや、二次創作をするために原作をプレイするのは本末転倒のような気がするんだが……またどうして二次創作なんて始めようと思ったんだ?」
俺の素直な疑問に顔を輝かせた美月は答える。
「凄いんですよ! 版権絵を描いている人がオススメに流れてきて、ものすごいフォロワーを抱えてて絵をアップロードする度に大量のいいねが付いているんですよ! 私もこの流れに乗るしかないと思うんですよ!」
「えぇ……」
要するに原作はどうでもいいのでチヤホヤされるために二次創作をやりたいと言うことらしい。それは同人イナゴというとてつもなく叩かれる行為だぞ?
「つーか美月は絵を描けたっけ?」
「大丈夫ですよ! デッサン人形なら買ってきました!」
「その行動力を行動に移す前に少し考えることにあてるのをオススメするよ」
行動力『だけ』はあるのだからたちが悪い。こんな事を考えつくなら飽きっぽくて諦めやすい方が炎上しないというものだ。
「とにかく、二次創作をやるにはリスクがあるから本垢とは別のアカウントを用意してやることをオススメするよ」
「だって簡単にバズるんですよ! これはやるっきゃないでしょう!」
「二次創作ってのは原作愛から作るものなんだよ……あと版権絵はグレーゾーンだから有名になったときに困るかもしれないぞ?」
ぐぬぬという顔をする美月、同人活動を金のためにやると叩かれると言うことも知らずにやろうとしていたのだから恐ろしい。無知は罪と言うが、むしろ知らないことが罪なのではなく、知らないから罪を犯すのではないだろうか?
人間というものの欲望の恐ろしさに震えている俺だが、美月の方はまったく気にした様子は無い。自分が大炎上しそうなことをしかかっているという自覚は全く無いようだ。その度胸だけは買ってもいいと思うのだが、単騎で大隊に挑むような無茶をさせるわけにもいかないので俺がここで引き留めなければならない。俺は美月のストッパーにならなくてはならないのだ。
「バズることは考えずひとまず普通にさえずってフォロワーを集めるところから始めたらどうだ? 普通の事を書き込めば大きなリターンは無いが、炎上のリスクとも無縁だぞ?」
俺が安全策を提案したが、美月はといえばうんうんと頷いて、まるで未熟な学説を訊く教授のような表情をしている。いや、そんな立場になったこと無いから知らんけどそういう雰囲気だということだ、分かるだろうか?
「そんなドブ板営業みたいなことはしたくないです! 私は一つのさえずりだけで群衆を扇動出来るようになりたいんです!」
自慢気に言っているが意味は大変ゲスいことだからな? その事は分かっているのだろうか? 本気で言っていそうなあたりが恐ろしい。
「お兄ちゃんだってバズってチヤホヤされたいとは思わないんですか?」
「そりゃ多少は思うけどさ……その願いに対してリスクが大きすぎるだろ。危ない真似をしてまで有名になりたいとは思わんよ」
納得はいっていないようだ。しかし理解は示す様子の美月、このまま大人しくしていてくれると助かるのだが……
「そうですよね! 二次創作といえば十八禁ですよね! もう数年我慢することにします!」
どうやらしばしの先延ばしは成功したが、その時が来たらどうしたものだろうな……
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