第2話「フォロワーを買うという考えに至るのはどうかと思うんだ」

「お兄ちゃん! 収益化のためにフォロワーを買いましょう!」


「お前はどうして初手からそういう明後日な発想をするのかなあ!?」


 いきなりの妹の提案にビビる俺。昨日アカウントのサインアップをしたというのにいきなりこれである、とりあえず俺は額面的な返事をしておこう。


「フォロワーの買収は規約違反だし、そもそも売ってないだろ?」


「いえ、ダークウェブで売ってました」


「いきなりネットに漕ぎ出しすぎだよ! もうちょい段階を踏もうか!? なんでいきなりダークウェブに突貫してるんだよ!?」


 もちろん俺もダークウェブにそういうマーケットがあるのは知っているが、まさか昨日の今日で妹がダークウェブというネットの闇に手を出そうとしているとは思わなかった。


 そもそも簡単に見つかるようなところで売っているものだけれど、そういうものはネット初心者には見つからないはずなんだけどな……


「お兄ちゃん、細かいことです。全ては私がネットで影響力を持つためですよ!」


「明らかに無茶だからやめような? いきなりダークウェブに入るんじゃない! そういうのは匿名プロキシなんかの初心者向けの道具を使いこなしてから入るものなんだよ」


 匿名プロキシってスマホに対応していただろうか? 俺は初手からPCでネットに飛び込んだのでその辺を詳しくは知らない。多分できるのじゃないかなと思っているのだが。


「心配性ですねえ……フォロワーなんて買い取っちゃえばあっという間に有名人ですよ?」


「言っておくがフォロワーを買ったところで運営が迅速に垢バンしてフォロワーが減っていくのがオチだからな? あと巻き添えで狩った奴がBANされる可能性も十分にあるんだからな? その辺きちんと考えているのか?」


 すると美月はキョトンとした顔になった。まさかその程度の事さえも考慮していなかったのか……


「まあフォロワーを買ったのがバレて大炎上して注目される可能性はあるがな……そういうのがいいのか?」


「ぞっとしない話ですね、というかフォロワーを買ったくらいでそんなに炎上するんですか?」


 まさかしないとでも思っていたのか……


「当たり前だろ、フォロワーが喉から手が出るほど欲しい人が大勢いるんだぞ? そこにスパム垢ひっさげて大物気取りで降臨したらボコボコにされるぞ」


「ひっ……ネットって怖い場所なんですねえ……」


「お前のマナーが悪すぎるだけなんだよなぁ……」


 妹の倫理観が心配になる。今こそ学校で倫理の授業をするべきではないのだろうか? 小学生が社会で古代の歴史を学ぶより現代で人としてやってはならないことを教える方が先だと思うのだが、生憎そんなものは一切教えられずに俺はネットに飛び込んだ。だからせめて美月には俺のにの轍を踏んで欲しくはない。


「ちなみにどんなものがバズりやすいですか?」


「そうだなあ……鉄板は猫だが……」


「よし! ペットショップへいきましょう!」


「だからそういうことするから炎上するんだよ! PV目当てに猫を買ったなんていったらボロクソに言われるだろうが! そのくらいは頼むから分かってくれよ……というかバズりたいから猫を買いますなんてそもそも人として問題があるだろうが!」


 美月は何やら難しそうな顔をしているが、俺が僅かでも難しい話をしただろうか? 人間としてしてはならないことを教えただけのような気がするのだが、まさか人間として問題があるなんてことはないよな? ないよね?


 少し恐ろしくなりつつももう少し安全なバズり方を提案する。


「あとは料理とかだな。お洒落なドリンクや料理の写真が撮られているぞ」


「ああ、あの食べずに捨てられるやつですか?」


「なんでそういう偏った知識はあるんだよ……つーか食べる人の方が多いぞ。だからこそ食べずに捨てると炎上するんだよ。写真撮ったみんなが捨ててたらとっくに社会問題になってるよ」


 コイツには妙な知識しかないのだろうか? ろくでもないことばかりを覚えている。


「つーかなんで知ってるんだ? 初めてのスマホだしPCも持ってないだろ? 学校用のPCはペアレンタルコントロールガッチガチのはずだし……」


「ふふふ……私ほどのコミュ強ともなれば友達に見せて貰うことなど造作もないんですよ」


 その友達がそう言ったことをしているのだろうか? だとしたら友達は選んだ方がいいと思うのだが妹の交友関係にグチグチ言うような兄にはなりたくないな。自分の手を汚したくないと言いたいなら言わせておけばいい、誰だって妹に嫌われたくなんてないんだ。


「あんまりネットのダークサイドに触れるんじゃないぞ」


「え? あんなの普通にみんなやってるって言ってましたよ?」


「普通なんて曖昧な価値基準を持つな、食べ物を粗末にするなと教えられた世代が『さえずり』には多いことを知っておけ」


 世代ってやつだろうな。俺は上の世代との交流から在りし日のネットの姿を知っているが、その世界は混沌に溢れていたという。それに比べれば今は秩序が確立されたが窮屈にもなったそうだ。昔のネットのスクリーンショットを見せて貰ったことがあるが、版権キャラを使ったテキストサイトなどフリーダムさ加減に驚いたものだ。


「そういやアイコンとヘッダーどうするか考えてなかったな……なあ、まさかとは思うんだが自分のアイコンに自撮りを使おうとか思ってないか?」


「ダメなんですか?」


 心底他意が無いようにそう言い放つ美月が恐ろしくなった。自分の写真をあけすけに晒すなんて自殺行為にも等しいだろう、とても正気の沙汰とは思えない。そもそも写真は自分の特定につながらないものを使うべきだろう、自撮りは論外として自室で撮影したものも多少のリスクはある。


「あのな、世の中には観葉植物の葉脈から特定するような物好きもいるんだぞ? そんなことをしたら連中のデータ保管庫行きに決まっているだろう」


 しかし美月はキョトンとした顔をしていた。


「まっさかー! お兄ちゃんってば私がバズりそうだからって嘘ついているでしょう! そんな人が実在するはず無いじゃないですか! 私だってそんな幼稚な嘘には引っかかりませんよ、当たり前でしょう?」


 しかし俺はいたって真面目な顔で諭す。


「いいか、人の執念というものを侮るんじゃない。時折人はとんでもない団結力を示すんだ」


 人間というのは心を持っている、理論ではそれほど被害を受けていなくても反感を覚えるというものは非常に攻撃される。理屈でいくら弁解しようと無駄だ、感情論は理論に勝るのだから反感を買うようなことをするべきではない。


「え……? お兄ちゃん……目がマジで怖いんですが……?」


「大マジだからな、仕方ないだろう」


「し、仕方ないですね……きょ、今日のところは勘弁しといたりますよ……」


「めっちゃ動揺してんな」


 こうして妹の計画するクソみたいな戦略は無事ポシャったのだった。

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