中学生から始める! バズる習慣!

スカイレイク

第1話「妹のSNSデビュー」

「お前さあ! 公子きみこってハンドルもどうかと思うけどその理由がネズミ繋がりっていうのもどうなんだろうなあ?」


 俺の悲痛な叫びは妹の美月の耳には届いていないようだ。


「私のつきという名前から『美月→みつき→みっき→「だからやめろ! ハンドルの由来聞かれたら大炎上するだろうが!」」


 ミッ……いや、この名前を出すのはやめよう。妹は無謀にもSNSデビューに危険極まりないハンドルネームを考えつきやがった。せめてハム子ならどんなにマシだっただろうか? ハムスターならまだいい、あのネズミは危険すぎる。あの決して名前を出してはならないネズミと関連付けるのは危険だ。


 俺は現在妹がスマホを買ってもらったということで『さえずり』というSNSをやりたいと言い始めたのだ。それは別に構わなかったのだが、初手で実名登録をしようとしていたので俺は必死でストップをかけた。のっけから危険すぎるネットへの漕ぎ出しだ。いきなりネットの海へ泥船で出航しようとしたのを引き留めて今に至る。


 実名もどうかと思うのだがその次に考えたのが前述のハンドルネームだ。コイツはネットのリスクについて何も考えていないのだろうか? 公子という名前自体はそれほど違和感は無い、その由来を除いてだが……


「そんなことを言い出したらいつまで経っても名前が決まりませんよ、大体お兄ちゃんは細かいことを気にしすぎなんですよ。インターネット上での名前なんて実名でも誰も気にしませんよ」


「気にする人も多いんだよなぁ……お前、特定班とか知らないだろ?」


 三日もあればそれまでに痕跡を完全に消去しない限り特定するくらいの力はある連中だ、敵に回すと恐ろしいぞ……


「そういうものですかねえ、キラキラの日常を流すのに文句をつける人なんてそんなにいないでしょ」


 我ながら妹の楽観視に頭が痛くなってくる。危険なものには近寄らないと教わらなかったのか。どうやら現代において君子危うきに近寄らずと言う言葉は死語になりつつあるらしい。


「じゃあ公子で登録しちゃいますね、由来について話さなければ大丈夫でしょ」


「それはそうだが……お前はどこかで漏らしそうな気がするんだよなあ」


 某ネズミネタは危険だ、なんならハムスターだってそういうアニメはあったからな、リスキーではあるがまあ大丈夫とギリギリ言えるレベルでしかない。


「よし! これで私も『さえずり』デビューですね! お兄ちゃん、アカウントを教えてください! フォローしておきます!」


「やめとけ、下手に関わるとアカウントが芋づる式に炎上するぞ。兄妹であってもネット上では別人であるべきなんだ」


「えー……」


 美月は不服そうだが当然のことだろう。家族であってもSNSでは関わらない、そうして置いた方が炎上するリスクは下げられる。


「お前な、そもそもチヤホヤされたときに男のアカウントなんてフォローしててみろ? まわりがどんな反応すると思う?」


「別に気にしないんじゃないですか?」


「はい死んだ、その甘っちょろい感情が一つのアカウントを削除に追いやるんだよ」


「そんな大げさな……」


「だってお前、まさか『兄です』なんて正直に言うわけにいかないだろ? どうやっても不自然な説明しか出来ないんだよ。だからやめとけ」


 ネット上では一挙手一投足に気をつかう必要があるVTuberなんて男にせよ女にせよ異性の影が見えた途端にブチ切れるリスナーが一定数はいるからな。その辺に気をつかわないと即座に炎上してアカウントごとネットを去る羽目になる。まさかネットの基礎から教えてやらねばならないとは……どこかに便利な解説動画でも載っていないだろうか?


「兄ですって説明しちゃいけないんですか?」


「不味そう答えると見た奴は二通りの解釈をする。一つは『家族構成を教える不用心な奴』もう一つは『男の影を兄と言って誤魔化した奴』という捉え方をする奴だ。どちらも面倒だからそもそも家族にせよ顔見知りの関係をネットに持ち込むべきじゃないんだ」


「はえー……面倒くさいんですね?」


「そうだな、とっても面倒な社会だぞ」


 ネット上での生活は面倒くさい、そういうものだと諦めて貰うほかないな。


 そもそも同い年の俺が言うのもなんだが美月に『さえずり』はまだ早いような気がする。一応規約上の年齢制限には引っかかっていないものの、ネット上で有象無象に揉まれるという経験をせずのSNSだ。心配になるなと言う方が無理な話だろう。


 ひどい経験をせずに大きくなった人間などいない、成長には辛い経験がつきものだ。しかし今は歴史に学べる程度にはインターネットに歴史というものが積み重なりつつある。それを無視して始めから無知なまま突撃するよりは失敗したときに傷が浅くて済むだろう。


「では美月に質問、『密林のギフトあげるから学校の写真撮って来てっていわれた時どうする?』」


「もちろんバッチリ撮影してきますよ!」


「はい失格、初手でそんなやらかししたらリアルにも支障が出るぞ」


 まさか妹の知識がこの程度なんて……信じたくはないが、俺の妹はネットに対して無知が過ぎるようだ。


「そんなこと言ったってそれで被害が出るのは私にではないでしょう? 金は命よりも重いって言うじゃないですか!」


「そのキャラも大概外道だったがそんな所まで真似するんじゃない!」


 ミームをネタにするのは構わないが価値観は真似しなくていい、当然のことだ。というかそれを言ったキャラもそこまで人に迷惑をかけて平気なのだろうか?


「というわけでリアルにネットは持ち出さないこと! それがバズりたい人の秘訣だよ」


「それじゃネットで有名になってチヤホヤされないじゃないですか!」


「そういうのはネット上で完結するものと思え、リアルでチヤホヤされたいならリアルを頑張るんだな」


 現実とネット上は違う。確かにネット上でも末端にいるのは人間で、行われるのは人間同士のコミュニケーションだ。それでもネットを介したというだけで人はとても残酷なことが出来るんだ。その事を理解するのは知識であって、経験で理解したりはしない方がいいだろう。ホラー映画をキャーキャー言いながら見る奴は多いが、モンスターに殺されたいと思っている奴はいないはずだ。


「じゃあお兄ちゃん、私はバズってネット上の有名人になって左うちわという計画は……」


「そんなものはゴミ箱に投げ捨ててからゴミ箱を空にしろ! 捨て去るべき妄想だよ! それは!」


 まったく……正気なのだろうか? ギャグで言っているのだと信じたいものだな。人の心というのはそこまで脳天気だとは思いたくないのだが……


「とにかく! バズるのは自由だがそれをリアルには持ち出さないこと! いいな?」


「はい! 分かりました!」


「それでは初期設定から始めようか」


 こうして美月が『さえずり』でバズりたいという計画を手伝うことになったのだった。

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