第13話 練習開始
「じゃあまず!なぎなぎの足の筋肉チェックからね!」
「き、筋肉チェック……?紅葉さん、初日から変なことをする気か……?」
「初日だからだよなぎなぎ〜、それに変なことじゃないから!なぎなぎの二人三脚のパートナーとして、なぎなぎの筋肉量はチェックしておく必要があるからね〜!」
紅葉さんはしゃがみ込み、本当に俺の足を上から下へと揉みほぐすように触り始めた……っ、精神的にあまり長く持たないから、もし本当の本当に必要なことなら早く済ませて欲しいところだ。
「うんうん、やっぱりなぎなぎは、程よく筋肉がついてるね〜、ずっと触ってたいかも〜」
「ずっとは、やめてくれた方が嬉しい」
「なぎなぎのケチ〜!でもずっとなぎなぎの筋肉触ってるわけにもいかないし、そろそろ私の左足となぎなぎの右足紐で括っちゃうよ〜」
「あぁ……」
とうとうその時が来るのかと、俺は紅葉さんが括り終えるのを待った。
紅葉さんは手際良く括り終えると、立ち上がった。
「じゃあ!次は肩組んじゃおっか!」
「肩!?」
「二人三脚なんだから当たり前じゃん〜」
……確かに二人三脚と言えば、互いの肩を掴むことでバランスを保ちながら走る競技だが。
「男女で肩を組むっていうのは……」
「何々〜?私と肩組んじゃうくらい密着しちゃったら、なぎなぎが変なこと考えちゃうから嫌ってこと〜?」
「そういうわけじゃ────」
「そうじゃないなら肩くらい組もうよ〜」
……まずいな、このままだと本当に紅葉さんと密着してしまうことになる。
もし紅葉さんと密着、それもこの練習期間の二週間の間毎日となると……いくら俺が土曜日に七瀬さんと出かけて存命することができ、大きな進歩を実感した経験があるとは言っても、今度こそ命は亡くなってしまう可能性がある。
「……本当に肩を組む必要があるのか、まずは肩を組まずに走ってみて試してみないか?」
「そんなの試さなくたってわかるよ〜!……でも、なぎなぎがそう言うんだったらその試しに付き合ってあげる」
「ありがとう」
ダメ元ではあるが、もしかしたら案外走れたりするかもしれない。
二人三脚をしたことの無い俺には、その可能性を捨て切ることができない。
「じゃあなぎなぎ!ワン、ツーで行くよ!なぎなぎはワンで右、ツーで左ね!」
「あぁ、わかった」
「いくよー!スタート!」
紅葉さんがワン、ツーと掛け声をしてくれているから、俺たちは初回だが一応走ることはできている。
……なんだ、やっぱり絶対に肩を組まないといけないわけじゃ────
「きゃっ!」
「────紅葉さん!」
こけそうになった紅葉さんのことを、俺はギリギリで受け止めた。
「だ、大丈夫か?紅葉さん」
「うん!なぎなぎが受け止めてくれたおかげでノーダメージ!」
「……悪い、肩を組まずにっていうのは無茶だった」
俺の無茶な提案のせいで、危うく紅葉さんに怪我をさせてしまうところだった、女性恐怖症であることを秘密にしているのは周りに迷惑をかけたく無いからなのに、その女性恐怖症が理由で怪我なんてさせてしまったら元も子も無い。
「結果怪我しなかったんだしいいじゃん〜!……あ、なぎなぎ、あともうちょっと下の方で受け止めてたら私の胸触れてたのに、惜しいね〜」
「それは別にいい」
そんなことになったら余計に女子というものを詳細に知ってしまって、俺の女性恐怖症が悪化する可能性もある。
「まだ今ならちょっと下に手がずれても事故で済むよ〜!」
「もう手を離すからな!」
俺は宣言通りすぐに紅葉さんから手を離した。
……全く、紅葉さんは七瀬さんとは別の意味でスキンシップがすごい人だ。
少し気まずいというのもあるが、至近距離でこんなにもの間女子と一緒に居るとかなり集中力を使ってしまう。
そのため、一旦紅葉さんから距離を取────
「動かない!?」
「え、何が〜?」
俺は自分の右足を見る……そうだ、俺の右足は今紅葉さんの左足と固定されているんだ。
……ということは、距離を取ることができない!?
「……なんでもない」
「……あ!もしかして足〜?そうだよ〜?私となぎなぎは、一心同体ってことだね〜」
……本当にまずいことになってしまった。
万が一限界になったとしても、この状態ではいつものように逃げることができない。
「じゃあ改めて!次はちゃんとお互いの肩を組んで、バランス取りながらゆっくり走ってみよ〜!」
「……あぁ」
……そうだ、七瀬さんと出かけた土曜日のことを思い出すんだ。
俺は土曜日、命が亡くなると思いながら挑んだ……そして、極限まで疲労はしたが命は亡くなっていない。
……それなら、今回だって俺の考えすぎで頑張れば俺はまたこの女性恐怖症を克服するのに一歩近づけるのかもしれない。
「あぁ、わかった」
俺は軽く紅葉さんの肩を組んだ。
「なぎなぎ!もっと力強く!こんな感じで!」
「うわっ!?」
紅葉さんは俺のことを力強く自分の方に寄せた。
……ま、待て、ダメだ。
紅葉さんとこんなにも至近距離なだけで緊張してしまうのに、もう一つ最悪な事に気づいてしまった。
……紅葉さんの良い匂いがする、この文章だけ見ればただの変態ということで処理されるだろうが、俺にとってはそうじゃない。
「ほら、なぎなぎ〜、早く肩組んで〜」
女子という存在を想起させる女の子らしい良い匂い、こんなものを常に吸っていたらすぐにでも限界が来る。
……七瀬さんと出かけた時はこんなにも体を密着させることが無かったから問題無かったが、二人三脚は大前提体をくっつける種目だ。
「っ……」
そろそろ体が拒否反応を起こし始めた……だが、体が拒否反応を起こすのは、おそらく俺の覚えていない過去の何かしらのトラウマからだ。
それさえ克服できれば……
「なぎなぎ……?どうしたの?」
「……なんでも、ない」
「……なぎなぎ、そろそろ────」
「放課後に練習なんて熱心だね〜」
「……え?」
この声は……
「色織、先輩?」
「朝、教室前に居た人……なぎなぎの知り合い〜?」
「そうそう〜!神凪君の彼女〜!」
「え!?」
紅葉さんがそれを聞いて驚いている様子だ。
「そんなわけないじゃ無いですか!」
この人はこの人で、七瀬さんの言っていた通りおかしな人だ……しかも知り合いと言っても、土曜日に逆ナンされたことと、今日の朝の会話くらいでしか関わったことはないため、正直この人がどんな人か俺にはまだわかっていない。
「あ、嘘ね〜!……なぎなぎのことになると感情的になっちゃう癖、早めに治さないと」
紅葉さんが俺たちには聞こえないほど小さな声で何かを呟いていた。
「それで、色織先輩はここに何をしに?」
「もちろん、神凪君に用事があって」
「……俺は今体育祭の種目練習中────」
「君にとって、そこは今地獄でしょ?」
「っ……!?」
地獄……!?
……体育祭の種目練習中と聞いて、地獄なんて単語が普通出てくるものなのか?
……それとも、この人は。
「お姉さんがが君に細心の注意を払いながら色々とカウンセリングしてあげる、そのついでに私の用事にも付き合ってもらうけど」
「……紅葉さん、ごめん」
「え?」
「すぐ戻るから、ちょっとだけここで待ってて欲しい」
「……うん、わかった!もし十分過ぎちゃったら飲み物奢ってね〜」
「約束する」
俺は紅葉さんにすぐ戻ると約束すると、色織先輩に連れられて誰も居ない屋上へとやって来た。
……今から、一体何を話されるのか。
俺はもう何となく、見当が付いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます