母の日ギフト

snowdrop

第1話

「あれ、いいわね」

 すべては、母親のひと言からはじまった。


 夕方のニュース番組内で、『母の日に贈る売れ筋トップ5』が放送されていた。

 紹介されていたのは、「アクセサリ」「サングラス」「スカーフ」「帽子」「傘」とありふれた数々。

 ただ、紹介された商品は、ありふれていなかった。

 さすが百貨店、といわんばかりの上質な品々。

 普段遣いには、いささか目立ち、派手さもある。

 でも、おしゃれだ。


 わたしの記憶に間違いがなければ、母親の目に留まった品は、神戸トワロードにある高級老舗帽子店マキシンの、前つばが上向きになったブルトンハット。

 マキシンといえば、上質な素材を使用し、熟練の職人が一つひとつ丁寧に手作りする。タカラジェンヌが来店するだけでなく、皇室御用達としても有名だ。

 たとえマキシンの名を知らなくとも、皇室アルバムやニュースを好んで見ている母親だからこそ、目に留まったのだろう。

 

 最近は、目だけでなく、口も肥えてきた。

 気に入ったものがテレビに映ると、やれアップルパイは美味しそうだの、やれカリッとしたシュークリームが食べたいだのと、お腹がふくれた食後であっても悪びれる様子もなく口にする。


 番組で、数十秒でラーメン一杯を食べていく出演者を見て、「そんなに美味しいのなら食べてみたい」とおしゃった翌日、『銘店伝説 来来亭』のラーメンを作ったこともある。「こんなにピリピリとスパイス効いてるの~」と驚いていた。

 思ったことを軽々しく口にするのは、母親の長所であり短所である。


 距離を取って聞き流していればいいのだけれども、一つ屋根の下に暮らしているとそうもいかない。

 たとえ、掃除や晩ごはんの支度などをしているのはわたしであっても、『母の日』のネーミングバリューを前にすると、逆らうのも憚られるほど、目に見えない圧力をひしひしと感じずにはいられない。

 メディアからの情報を遮断できたとしても、母親に届く花の数々と、ご近所家族の子供の成長ぶりを小言のごとく聞かされてはなおさらだ。


 さり気なく、ネットで調べてみる。

 マキシンの帽子は、安いものなら一万前後。

 高いものなら十万近くする。

 ネットオークションを利用すれば安く買えるかもしれない。

 とはいえ、中古品をプレゼントするわけにはいかない。

 常日頃から「贈り物は、ケチケチしてはいけない」と、あらいぐまラスカルに登場するスターリングの女教師のセリフを言い続けながら実践してきた身としては、プレゼントすると決めた以上、手を抜けない。


 日焼けや紫外線を気にするといいながら、日傘をささず、つばの広い帽子をかぶり忘れるのはいつものこと。

 そんな人に帽子を贈っても、豚に真珠、ネコに小判、犬に論語。

 箪笥の肥やしになるだけで、宝の持ち腐れである。


 そもそも、なぜ使わないのか。

 面倒くさがりもあるけれど、使いたいと思える商品ではないからに違いない。

 手頃な店で買える商品は、実用性と値段による打算で購入するのであって、けっして心をときめかせるものではないのだ。



 翌日。

 愛用の帽子の上にヘルメットをかぶっては自転車にまたがり、とりあえず近場の(それでも遠い)百貨店へと向かった。

 百貨店ならマキシンの帽子を取り扱っている、とは限らない。

 事前に調べ、販売しているのは確認済み。


 マキシンといっても種類がある。

 棚に飾られていた夏向けの商品は、洗濯洗いのできる、手頃な値段(下は八千円から上は二万円ほど)で売られている。

 市販されている量産品とくらべると、デザインもさることながら、生地や縫製があきらかに違った。

 自分がかぶっている帽子が、途端にみすぼらしく思えてくる。

 ちなみに、わたしのお気に入りの、つばの広い帽子は千五百円(税込み)。いい買い物をしたと思ったのだけれども、良いものを見てしまうと、ため息がこぼれてしまう。


 母親の好きな色は黒である。

 夏用の帽子が並ぶ棚には、麦わら帽子のような色をした、麻でできた帽子が数多く並んでいる。ブルー系やピンク系も好まない。

 つばの広い真っ黒な帽子をみつける。

 値段は税込み、一万一千円。

 洗濯もでき、実用的で、贈り物としては悪くない。

 ないのだが、コサージュ的なワンポイント、飾りっ気もない。裏地が花柄となっており、さりげないオシャレ感を出している。

 だが、母親が「あれ、いいわね」といった帽子ではない。

 

 目を閉じ、わたしは思い出す。

 母親の目に留まった帽子は、めずらしく、黒ではなかった。

 ベージュである。

 そういえば、「最近は、春夏にベージュが流行ってきてるみたい」とつぶやいていた。

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