回帰した聖女は自由に生きるために、二年後に戦死予定の大公様と結婚するそうです。

槙村まき

第1章 婚約

0.プロローグに少しだけ

「ラウラ嬢! 待ってくれ!」


 背後からのアルベルト様の呼びかけに、目をギュッとつぶる。

 そして、私は先ほどの令息と思われる人物の腕を掴むと、「いまだけ話を合わせてください」と頼んだ。

 彼の腕を引き寄せて、私はアルベルト様と向き直る。


「皇子殿下、申し訳ありません。私はもう、この方と婚約を前提にお付き合いをさせていただいているのです」


 言い放ち、顔を上げると、アルベルト様は驚愕の面持ちでこちらを見ていた。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 私は小声で、腕を掴んでいる令息に声を掛けるが、なぜか言葉は返ってこない。

 同時に、周囲の様子がおかしいことに気づく。


 アルベルト様の顔が見る見るうちに蒼白になっていく。碧い瞳の瞳孔が開いているんじゃないかというぐらい大きくなり、はしたなく口も半開きになっている。バケモノを見た、と言ったような形相だ。


 周囲もやけに静かになっていた。さっきまで優美な音楽に合わせて優雅に踊っていた貴族たちが、ひとり、また一人と足を止めては、アルベルト様と同じような顔をして、私を――いや、私が腕を抱き寄せた人物に視線を向けている。


 背中を這い上がる悪寒を感じた。

 嫌な予感がして顔を上げると、眉間に皺を寄せて私をにらみつける、灰色の瞳と目が合った。


「……婚約?」


 ボソッと呟いた声は、怒りを堪えるように低く、冷ややかだった。

 冷水を浴びせられたように、私の全身が震える。


 ああ、どうして私は、この方の腕を抱き寄せてしまったのだろうか。


 この帝国には、皇帝と公爵の間に、もうひとつ特別な爵位を授けられている家系がある。

 隣国と接する北の大地を治める領主で、この帝国唯一の「大公」。

 ランデンス大公家。


 そして現在の大公には、怖ろしい異名があった。


 血濡れの大公様。戦闘狂の大公様。

 血も涙もない冷酷無慈悲な大公様。

 この帝国で最も危険で、最も関わりたくない貴族ナンバーワン。


 そんな方の腕を抱き寄せてしまうなんて、私はどうしてこんなにも運がないのだろうか。

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