第39話:龍との対話

 俺の必殺の一撃を食らった故か、龍の巨体が地面に堕ちる。

 響く地鳴りが失われていく霊力が龍の終わりを告げ――この戦いの決着を教えてくれた。

 空間に罅が入っていく、多分だが維持できる力すら残っていないのだろう。

 戻るのか? ……とそう思った瞬間の事だった。

 罅割れた空間が作り替えられるように変わっていき――。


「ッ龍華!?」


 咄嗟に彼女に手を伸ばした。

 何か危ないと思ったから、何よりそれが龍の足掻きと思ってしまったから。


「心配するな罪人、いや……刃」


 何かとても優しい声音が聞こえ、次の瞬間景色が変わる。

 視界が光りに染められて、目を開ければそこにあった景色は寺の中のような場所。見れば奥には龍を象った像があり、かなり質素だが何かを祀っているというのがわかる。

 そんな空間に俺と龍華は立っており、警戒しているとそこに一人の女性が現れた。


「……誰だ?」

「刃……大丈夫よ」

 

 警戒心に従うままに俺は術を使おうとしたのだが、それは龍華に静止された。 

 金の髪をした煌びやかな着物を纏った角の生えた女性。どことなく龍の面影を残す彼女は今にも消えそうなくらいに霊力が薄い。


「話したいことは沢山あるが、生憎時間がないのでな……だが改めて名乗ろう。妾は穣涼――貴様等と相対していた龍神だ」

「……敵意は、もうないのか?」

「あぁ、完敗したのでな。未練がないと言えば嘘になるが、貴様達は妾を負かしたというのは事実、これを否定したのなら神としての沽券に関わる」


 いまいち話しづらい。あれだけ敵対していたからってのもあるが、今彼女からは一切の敵意がなく、なんなら親しさすら感じるように接されているから。


「それよりだ……刃、貴様の要求は何だ? 妾を倒したんだ言ってみろ」

「なら龍華の呪いを解いてくれ、それと龍華から手を引け俺としてはそれでいい」

「そうか――それを飲もう。龍華は何かあるか? これは刃と龍華の勝負、褒美は平等にしなければいけない」


 こいつ本当に同じ龍か? とも思ったが、【けもの唄】の原作でのまさに神という態度を思い出して同じ龍である事を納得した。


「私は――刃の腕を治して欲しいわ。それ以外はいらないの」

「了解した。だが妾に回復の権能はない――だから、代わりに義手を送ろう」

「いいのか? 俺としてはこれに付き合うつもりだったんだが……」

「龍華の頼みだ遠慮するな。元々妾が傷付けたからな、責任は取ろう」


 氷で作った腕を解除し穣涼に近付けば何やら術を唱えて俺の腕に残り少ないであろう霊力を流した。するとなくなった腕を補うように植物がそこから生えてきて腕を形作った。どうやらこの義手は俺の霊力を元に生えてきたようでさっき使ってた腕以上に馴染んでいる……そしてそれどころか。


「全く違和感ないな」


 最初は木の腕って感じだったが、数秒で肌色になり殆ど腕と変わらない見た目になった。これなら腕を失ったって事はヘマしない限りバレないだろう。


「それには妾の力を宿らせた木の術が使える貴様ならきっと使いこなせるだろう」

「……アフターサービスが完璧で怖いんだが」

「勝った褒美だ。気にするな」


 やっぱりこんなに優しかったっけ?

 ちょっと対応が良すぎて怖いが、そこはもう気にしなくて良いだろう。


「ねぇ、穣涼……どうして私を選んだの?」


 龍華が口を開いてそんな事を聞いた。

 きっと龍華としてはそれはどうしても聞きたい事なのだろう。


「……守りたかったのだ。彼女と同じ魂を持つ龍華を」


 そこから語ってくれたが、彼女には穣涼には友がいたそうなのだ。

 そしてそんな友達と同じ魂を持つ龍華を守りたかったから……との事らしい。


「本当に勝手なのね貴女は……でもそうなのね」

「あぁ、理解している。妾のやったことは最悪だ。龍華と他者の縁を切り母親すら殺した――そこを許せとは言わない」

「えぇ、許さないわ。それに私は私なの――その人とは違う」

「そうだな、妾はそんな事にすら気づかなかった……あぁ気づけなかったのだ」


 二人の間に沈黙が訪れる。

 これに関しては俺が関わることじゃないしで傍観しているが、きっとこの溝は埋まることはないだろう。


「そしてすまないが刃、貴様を先に戻してもよいか? どうしても龍華に言いたいことがある」

「……何もしないか?」


 態度を変えたからってすぐ信用とはいかないし、今までのを思い出すと二人きり二する訳にはいかない。


『刃、言うとおりにしなさい』

 

 だけど相棒である神綺にそう言われてしまったので、渋々だがそれに乗ることにした。それにもうすぐ死ぬであろうこの龍が何か出来るとは思えないし。


「ただし十分な、絶対にそれ以上は許さない」

「心得た――すまないな」


 その言葉を最後に再び俺は光りに包まれ、元の卯月の屋敷に戻った。


――――――

――――

――

 

「それで話って何かしら? 刃には言えないことなんでしょう?」

「あぁ、もう気付いているだろうからな」

「気付くって……貴女がもう長くないこと?」

「そうだな……その通りだ」


 感覚的にだけど私は分かっていた。

 霊力感知が得意ではないから半信半疑だったけど、あれほどの技を直に受けて生きてられるとは思ってなかったから。


「そして龍華、妾は大地の龍神だ。だから死ぬことがない」

「どういう事かしら?」

「妾は不滅なのだ――死しても同じ龍として蘇る。記憶も人格も全て失うが小龍からやり直すという特性を持っている」

「それを言って何をして欲しいの?」


 西洋のフェニックスのような特性。

 確かに大地を司る彼女が死んでしまえば大地そのものに影響が出るのは分かるけれど……何を頼むつもりなのだろうか?


「きっと咲いたばかりの妾は利用されるだろう――だから刃と龍華に託す」

「それを受ける義理はないわ……でも貴女には恩があるもの、そのぐらいならいいわよ」


 最初の言葉を聞いてやはりそうかみたいな顔をした彼女だけど、次の言葉を聞いて驚いた様な顔をした。


「だって貴女がいたから刃に出会えたもの、それは感謝してるの」

「――そうなのか?」

「貴女の呪いがあったから私は彼に出会えて触れる事が出来た――それだけは本当に感謝しているのよ」

「そんなに刃を好いたのだな。本当に瓜二つだ」

「だから私はその人とは違うわ」

「あぁ、そうだな――だけど、懐かしいのだ。彼女も、瑠華もとても夫を愛していた……刃と龍華が結んでる式神契約すら結んでいたからな」


 ……バレているのね。

 というより三代目当主もこの術を使っていたのね……似てないと言ったけど血筋って怖いわ。


「逃がすなよ龍華、あのような英雄に近い者はきっと好かれる」

「えぇ、勿論そのつもりよ――絶対に逃がさないわ」

「それでこそ龍華だ――ではお別れだ。次の妾を頼んだぞ。そして刃に伝言を」


 最後にその伝言を頼まれた私は光りに包まれて、今度は私が彼女が消えていくのを見送った。

 ……? 今度は? 

 どうしてか思い浮かんだそんな事、だけどそれを気にする余裕はなく――気付けば私は屋敷に卵を抱えて立っていた。 

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