第38話:大地を司る龍の神【後編】


 花のような人間の事を今も覚えている。

 いずれ枯れるような、儚くも美しいそんな人間の事を。


「こんにちは龍神様」


 月のないとても静かな夜だった。

 それとの出会いは偶然で、正確な時などは覚えていない。

 ただ……吾にとってその出会いは忘れられない程に記憶に刻まれ、今も心の中に突き刺さっている。

 吾は龍だ――畏怖されながらも神としても崇められ祀られる存在であり、一匹で完成されている生命。

 神である吾に関わろうとするものは皆同じ、力を願いを求める弱者……そう、思っていた。


「貴女は一人なのね」


 だが彼女は吾と言葉を交わした。

 何かを望むわけではなく、ただただ短い生の中で大切な時間を吾と共に過ごしたのだ。一瞬の筈だった。そんな関わりすぐに途切れる筈で。

 何より悠久の時を生きる吾からすれば、そんな刹那のような時間に意味は無い。

 ――だけど違ったのだ。

 彼女と話すのが楽しかった。

 何でもないことを楽しそうに笑う姿を見るのが好きだった。

 彼女と過ごすだけで色褪せていた世界が綺麗に見えた――そして、そんな彼女の吾は惹かれ焦がれた。

 だけど想いを伝える事はなかった。

 何故なら生きれる時が違うから、人間である彼女の生きられる時間は少なくきっといなくなる。だから好いた者と歩むと決めた彼女の生を見守る事にしたのに……。


「ねぇ穣涼、私はもうすぐ死ぬわ」


 そしていつもの場所に現れた彼女の様子は今までと違っていた。

 何かに呪われあれほど溢れていた生命力はもう殆ど残っておらず、それどころか今も失われ続けている。


「――何があった?」

「ケモノを倒したのだけどね、呪われてしまったの」


 彼女は日の本を守ってきた暦の一族と呼ばれる者の三代目の当主。

 だから戦う運命にあるのは理解していた。だが、強者である彼女を呪える者など限られ、そもそも吾が加護を与えた彼女を害せるなんて。


「そうやって悲しそうな顔をしないで頂戴……貴女は悪くない、ただちょっと相手が悪かっただけだから――それより穣涼、最後に話しましょう?」


 そう言って、彼女は卯月瑠華は――いつもの調子で笑った。

 吾に背を預け笑顔で語り始める。


「私と友達になってくれて本当にありがとう。私はずっと孤独だったから……」


 彼女は初めて自分の過去を語った。

 強すぎる力故か同族である人間に恐れられていたこと、そして同時に崇められていたこと。周りには誰もいなくて、ずっと一人で居たことを。


「――でも貴女がいてくれて変わったの、話すのが過ごすのが楽しくて世界が悪くないって思えたのよ」


 まるで今にでも死ぬかのような語り草。

 確かに生命力は減っているそれにもう長くないことも分かる――だが、そんなの。

 

「ふざけるな! 吾の肉を食え瑠華――そうすれば!」

「いえ駄目なの穣涼、私は今日お別れを伝えに来たから――それにね、私は人として死にたいの。人じゃなくなれば、あの人と別れてしまうから」


 彼女の覚悟は硬く、彼女自身も強かった。

 自分の愛した者と同じ時を歩むため、そして人である事を望んだのだ。

 だけど……吾はそれが嫌で。


「嫌だ――吾は貴様といたい、もっと一緒に」

「それが貴女の本音なのね――だからこそごめんなさい、私はもう眠るわ」

「…………ここで死ぬのか?」

「えぇ、今日だって頑張って来たのよ? 貴女寂しがりだもの……それに、大事な友達にお別れを言えないのは嫌だったから」


 凜とした真っ直ぐな瞳。

 それは吾を見据え、一切の濁りを感じさせない。

 死ぬことが分かっているのに恐怖を感じさせず、それどころか満足さえしている。


「――吾は許さぬぞ」

「えぇ、貴女はそうよね」

「もっと話したかった」

「……私もよ」

「貴様が好きだった」

「私も大好きよ――勿論友達としてね」

「あぁ……瑠華、ゆっくりと眠るがいい」

「――――えぇ、さようなら。私の一番の友達」


 それからは時間が早く進んだ。

 事切れた彼女を連れて卯月家に行けば彼の夫に感謝された。

 呪いの言葉を吐かれると思ったのに……彼女の夫は、その人間は強くて――看取った吾にありがとうと伝えたのだ。

 妻の友達になってくれて、彼女の理解者となってくれて、彼女を送ってくれて等と色々な言葉を告げられた。

 だからその時決めた。この一族を吾は守ろうと――彼女が愛し守ったこの卯月の一族を守り抜こうと。


 あぁ、だがそれが歪んだのはいつからだっただろうか?

 ケモノを喰らい続けた故か? 長い時を生きすぎたせいか? 幾百の別れを見てきたからか? それはもう分からない……だが、彼女と同じ魂を持つ龍華だけは守らなければとそう決めた事だけは覚えている。


――――――

――――

――


 いたい、いたい……痛い!

 初めて経験するその痛み、体に刺さってないからまだ被害は少ないけど、自分の腕を失うという事態に正気を失いそうになる。


『刃、四季の力で腕を補強するわ――だから頑張りなさい』


 声が届く。

 俺の中にいる相棒の声に正気に戻され、彼女の提案通りに俺は氷で自分の腕を形作った。繋がっている四季の能力で作ったからか元の腕のように動かせはする。


「――刃!」

「大丈夫だ龍華、それよりどう攻略する?」

「……本当に貴方は強いのね――見る限りマグマそのもののようだけど、私の術じゃまともに通らないと思うわ」

「だよな――俺が使えるのは氷、相当な量を用意しないと擦りもしないしあのマグマの鎧を突破できないだろう」


 控えめに言って相性が最悪。

 さっきの盾も相当な霊力を込めたのに一瞬で溶かされたし、何より残った霊力は三割ほどしかない。

 こんな状況で決定打となる術を探すのは難しく、策も見つからない。

 諦めたくない、何が何でも勝たなきゃ行けない――そんな時、思い出したのは原作の刃が龍華と戦った時の一シーンだった。

 原作でも刃はマグマを操る龍華と対峙し一度勝利を収めている。

 確かその方法が――とそんな風に思いだそうとしたが、考えている間にも高速でマグマが飛んでくる。

 その上それに合わせて巨体で俺のみに突っ込んできて――。


「頼む四季――冬の陣、凍雪銀世界」


 四季に宿る奥義の一つを使い、それを収縮した巨大な壁を作りなんとかその突進を防ぐ。流石に一つの世界を壁にした甲斐があってかその攻撃を防げたが、そう何度も使える方法ではない。

 決定打は皆無、攻略法も分からない。

 だけど――頭にあるのは刃の戦闘。 

 物語の最終番、なぜマグマというものを彼が凍らせられたのか――それは、彼が対象の概念すらを凍結させたから。

 その技名を銀嶺氷界無間大紅蓮ぎんれいひょうかいむげんだいぐれん

 最終的に刃が四季と共に至ったその領域、それさえ使えればきっとこいつは倒せる。だけど、そんな技をまだ子供の俺が使えるわけがない。知識が理解が何もかも足りない。

 一応原作で読み込んだからどういう技かは理解している。

 成功させるには完成された氷界と、もっと四季と共鳴した上での凍雪銀世界が必要だし時間が足りない。何より霊力も足りなすぎる。


「神綺――契約したって事は共有できてるよな?」

『そうね、その技が使えれば確かに倒せるだろうけど……今の私達じゃ使えないわ』

「だよな、まじでどうするか」

『だけどあの鎧を解除する方法はあるわ――そのかわり信じてくれる必要があるけれど、それに私にとってちょっと嫌な方法だから出来ればやりたくない――でも貴方には勝って欲しいからそうも言ってられないわよね』


 その方法というのが俺に共有される。

 ――確かにこの方法ならあのマグマの形態を解除できるかも知れないし、何より神綺が嫌がるのも分かる。だけどこの方法なら俺は足りない霊力を補充できるし、何より大地の特性も取り込めるからやるしかない。

 

「龍華――先に謝るがすまん。それと責任は取る」

「何かしらって――なぜ急に近付くの?」

「本当にすまん、それと痛いが我慢してくれ」

「……なにする気?」

 

 そして俺は龍華に近付いて、その首筋に噛みついた。

 龍華に触れ傷付けたと言うことで龍神の呪いが発動し、有り得ないほどの痛みが体を襲うが、気にしてられない。

 少しだが彼女の血を俺は取り込んで、それを霊力に変換する。

 

「あ、っ……ぅ……」

「ッ罪人が――龍華を傷付けるとは! ふざけるな!」


 激昂する龍の声、だけどそれを聞く余裕はなく。

 何より次の行動のために俺は意識を切り替え――。


「頼むぞ神綺様!」

『任せて頂戴――さぁ、呪いましょう? これは全てを滅ぼす八十禍津日のその詞。縁を祟り、名を呪い全てを蝕む咒の言の葉』


 そして神綺が詞を紡ぐ、それは呪いを宿した言葉であり縁によって龍へと届くだろう。


「貴様、何をした!? ――なぜこの術が解除される!?」


 そして次の瞬間、龍の術が解除されて元の黄金の体躯に戻った。

 激昂して乱れた精神、そして龍華の血を取り込んだ事により無理やり作った縁。

 これは賭けだった。ここまで明確に龍華を傷付けたことなどなかったのもあるし、神綺がちゃんと縁を結べるかも。

 だけどその賭けに勝ったおかげか、俺は莫大な隙を作ることが出来たのだ。


「残り霊力、全部持ってけ! ――行くぞ四季」


 術を練る。 

 銀世界を発動する事で擬似的に氷界を再現し、俺は過去最高の量の刀を用意する。

 これが俺の全て――霊力を全部を込めた現時点で最高の一撃。

 刀を束ね収縮させた現時点での究極の一刀。

 

「神去――草薙の太刀!」 


 そしてそれを俺は、龍に向かって振り下ろした。

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