第30話:回憶録
私は生まれるべきで無かった忌むべき子供だ。
理由は分からないけれど、龍に見初められた私は莫大な霊力と力そして加護を持って、角を宿した異形の姿で生まれて来た。
そして、私は力の代償――いや加護の対価として触れずの呪いも持っていたのだ。
血を分けた肉親以外は私に触れれず、もしも触れればそれだけで龍に呪われる。しかも不幸はそれだけで無かった。
力を持ってしまった私を生む対価としてお母様が寿命を犠牲にしていたのだ。そのせいでお父様は私が四歳の時にお母様を失った。
優しくて綺麗でとっても素敵だったお母様は私のせいで死んだ。
それでつくづく思った私は龍に呪われていると。
だから強くなる事を決めた――強くなれば龍の呪いを振り払える筈だから、そして何より強くなった私さえ倒す人が現れたらきっとその人は私を救ってくれるから。
――だけど、圧倒的な才を持ってしまった私は強くなる度に他人から離れていった。いつまで経っても私を倒してくれる人は現れず、強くなる度に仮面を被る様になっていた。強者としての仮面を、余裕を持って接して煽るような態度だけが染みついていったのだ。
「でも、刃は彼は違ったの」
彼は私に応えてくれた。
いつも全力で私に接してくれて触れあってくれて……何より、一緒にいてくれた。
最初はお父様から噂を聞いて気になった程度、少し不思議な術を使えるくらいの印象。でも会ってみて戦ってみて……とても強い人だと知った。
そして触れあう度に優しさを知った。
強引に契約を交わした私を怒りながらも受け入れて、一緒に笑ってくれて過ごしてくれて……私を見てくれた。
一緒に過ごす度に好きになった。
何かを話す度に優しい彼を知った。
強さを知って優しさを知って負けず嫌いな可愛い一面も知った。
だから――初めて彼が傷付いた時、本当に怖かった。
傷だらけで血塗れで牛のケモノに彼が立ち向かったとき、私は見ている事しか出来なかったから。
――力しか取り柄のない私は彼を傷付ける。
治す力を持たない私は、傷付けることしか出来ない私は彼の傍に居られない。
楽しかった模擬戦は彼に術を向ける度に震えるようなり刃が鈍る――でも、戦わないと私は彼と居られない。だってそれしか私にはないのだから。
離れるなんて考えられない、一人だった私はもう前の私に戻れない。
今も二日彼に会えないだけで不安になってしまう――彼は無事なのだろうか? 怪我してないだろうか? そんな事だけが頭を巡り、体が震えてしまう。
「会いたい寂しいわ……刃」
◇ ◇ ◇ ◇
目を覚ませば唄が聞こえる。
何処からか、言葉としても認識できないような唄が耳に届く。
「ッ――ぐ……覚悟したけど、これ……やっばいな」
鼻唄のような口ずさむモノのような……認識できないそれが、俺の体を蝕んでいる。体中に刻まれた咒の紋様、それが呼吸する度に痛み……口の中を血の味のみが支配する。
触るぐらいなら、そして龍華から何かする分にはまだあの龍の逆鱗には触れなかったみたいだが……あの行為が完全に逆鱗に触れたのか俺は多分だが龍に見つかったのだろう。
「……原作で耐えてた剣、マジで凄いなこれ」
剣は俺と違って潜在的に呪いへの耐性を持っている。
俺のは神綺がいるからってだけで、耐性としてはかなり低いはず。まぁ、だからこんな事になってるのだが……呪いというより陰に属するモノとして格が違う神綺の耐性を貫通するなんてどんだけ怒ってるんだよあの龍神。
「流石龍華の力の大本、大地の神だけはあるな……ほんと」
原作で五巻ぐらいの大ボスを務めた龍神様。
剣達が彼女を倒すにはかなりのデバフと準備を要する必要があったし、何より現れるときに毒を盛って七割程弱体化させてなんとか倒せた強敵。
その巻ではある事件で龍華が霊力切れで倒れ、その際に剣が霊力を分け与えたことで俺と同じ状態になったあいつが龍神を倒すって話だったのを覚えている。
百合龍という愛称で親しまれていたあの龍は、その事件以降で仲間になるのだが……それは関係ないので今は置いておこう。
とりあえず今はこの状況をどうやって切り抜けるかが大事だから。
『ねぇ貴方、こうなることを知っていたの?』
珍しく、本当に初めて見るような心配するかのような彼女の表情。心配させないようになにか声をかけたいが、おいそれと原作知識を話せるわけないので言葉が出なかった
『貴方の知識の元は聞かないわ……でも知っていたのなら、どうしてあんな事をしたのかしら?』
「死なせるわけには……いかなかったからな。霊力切れは霊力が多いほど反動が来る。龍華の霊力じゃあ命に関わるだろ? だからだよ」
『……妬けるわ、どうしてあの子の為にそこまでするの? 彼女私と同じぐらい無茶苦茶よ? 殆ど被害者の貴方が何かする義理はないでしょう?』
……まぁそうだけど、自覚あるのかよ。
それは口に出さなかったが、俺は気付けばこんな事を言っていた。
「――ただ俺が周りの奴らに笑っていて欲しいからだよ」
俺はこの世界を読者として見てきた人間だ。
前世の事は殆ど覚えてないが、どうしてかこの漫画のことは鮮明に覚えている。観測者の視点で皆の物語を追って、この漫画の熱い場面で興奮し、泣ける場面で泣き続け、何度も心を揺さぶられた。
誰よりも……とそう自負する気は無いけれど、少なくても誇れるくらいにはこの世界の奴らが大好きで……笑っていて欲しいと思ったんだ。
きっかけは分からない――だって前世の事は殆ど覚えてないから。
でもさ、その思いだけは俺の中にはっきりある――失敗して失った俺だからこそ、この世界の奴らには――どうしても。
『ねぇ貴方……寝たのかしら、私も頑張らないといけないわ。客人も来たみたいだしね』
◇ ◇ ◇ ◇
……最悪だ。
そんな事を思いながら俺は、現れてしまった一人の女性を前にする。
巨大な角を持つ一人の女性、明らかに高貴な着物を纏ったそいつは卯月家に呪いを振りまいた元凶であり、大地を司る神の一柱。
殺す事が出来ない――いや、殺してはいけない神の類いだ。
「
本来コイツなんかに畏まりたくないが、機嫌を損ねれば災害が起こる。
だから下手な事は出来ず、何より刺激してはいけない。
「吾の龍華に触れる不届き者が現れた……其奴を差し出せ、卯月の当主」
予想は的中、こいつが現れたのは刃を狙ってのことだ。
本来なら今すぐ刃を差し出すのが最善だろう――きっと今までの卯月の当主だったらそうしていただろうし、俺もそうした方がいいのは分かっている。
だけど――。
「その罪人は逃がしました――我が家の全勢力をもって探しているのでしばし待って頂けると」
俺は嘘をつく。
親友の息子だからじゃない。ただ一人の人間として刃と接してあいつに未来を見た俺だからコソの選択。きっとあいつは英雄になる――そしてこのくそったれな龍にだって届く器だ。だから、何が何でも守り通す。
「……ふざけているのか卯月の当主? 貴様らなら龍華を任せられると信じ預けていたのだぞ? なのに、逃がした? ここで龍華以外を滅ぼしても良いのだぞ?」
うちの干支神の力を借りて最高峰の結界を貼ってあるおかげで刃の存在はバレない。何よりバレたとしてもあいつに憑いてる神綺が防ぐはずだ。
だから俺の命を犠牲にしてでもあいつを隠す。
今家にいるのは俺と龍華そして地下にいる刃だけだ。
結界で隔離した刃は守れ、何より龍華にこいつは何もしないだろうからの選択。部下は全員逃がしたし、こいつがここを壊そうとも構わない。
龍穴を壊すほど理性は壊れてないだろうから、そこは心配しなくて良いしな。
「……はっ出来るならやってみろよ。それに龍華は俺と嫁の娘だ――お前になんかやるか、糞龍神」
俺はどうなっても良い、殺される覚悟はした。
あいつらの成長を見られないってのは心残り……それでも二人を守れるならそれでいい。契約を破れなかったのは昴に悪いが、きっと刃なら自力で破れるだろうから――。
「そうか、なら死ね」
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