第29話:霊力切れ


「ケモノは倒したわ、だから帰りましょう? ――え、あれ?」


 俺に歩み寄り笑った龍華がそのまま倒れていく、咄嗟に抱えるが完全に力が入らないのか驚いている様子だ。 

 あまりに突然なことで理解が出来なかったが、この症状には心当たりがあった。


「霊力切れ」


 そう、これは俺もよくなるが霊力切れの症状に近い。

 霊力とは生命力と紙一重であり空になれば命に関わる可能性がある――と、それを理解していた俺の判断は速かった。すぐさま霊力を八割ほど解放、バラバラに龍華を探しただろう大人達を感知して、その中から逢魔さんを探す。


「――よし、見つけた」


 範囲のみを広げた冷気感知、それで逢魔さんの事は見つける事が出来たので俺は龍華を抱えながら急いでそっちに向かう。


「逢魔さん、霊薬ないですか!?」

「あるがって、おい何があった!?」

「霊力切れです――とりあえず龍華に飲ませるので貸してください!」

「刃、龍華に霊薬は効かない――すぐに家に連れて帰るぞ!」

 

 そう言われて思い出したことがある。 

 龍華は加護としてあらゆる状態変化を無効化する。それは毒や病気にならず催眠などの状態操作を無効化するという優れたものなのだが、欠点として状態を治すという事も無効化してしまうのだ。

 原作でも一度似たような事件があり、その時はある手段で解決したが……それは剣と龍華だからこその関係があったから出来たことだ……いや、でも悩んでる暇はない。もしもこれが初めての霊力切れだった場合、本当に命に関わるから。


「ごめん逢魔さん、龍華が起きたら謝っといてください」

「何する気――ってお前、霊力分ける気か!?」


 俺が何する気かを悟ったのか驚く逢魔さん。

 それに頷いた俺は龍華を寝かしてから覚悟を決めて――口移しで残ってる霊力を限界まで彼女に流した。


「――あとは、頼みます」


 霊力を分けるという行為、それはかなり危険とされており禁術に近いとさえ言われている。でもやるしかなかった――最初は強引に契約を交わしてきたやべぇ奴だが、根は良い奴で優しい子なんだ……死なせるわけにはいかないんだよ。

 

「許さない」


 最後に聞こえたのはそんな声、それを聞いた俺の意識は暗闇へと堕ちていった。


            ◇ ◇ ◇ ◇


 半日後の昼の事、龍華は医療室で目を覚ました。

 彼女が目覚めて感じたのはいつも以上に満ちている霊力。それを不思議に思いながら周りを見渡せば、近くには逢魔の姿があった。


「……起きたか、龍華」

「起きたけど……どうして私はこの部屋にいるのお父様」

「半日倒れてたからだ、異常は無いか?」

「えぇ、むしろ霊力が多いわ。でも何があったの? ケモノを倒した所までは覚えてるけれど」


 龍華の最後の記憶、それは自分が八つ当たりもかねてケモノを倒し刃を前にしたもの。そこから先の事を覚えてない彼女にとってその疑問は当たり前の物であり、きっと父親なら答えてくれると思ってそう言った。


「なぁ龍華、お前ケモノを倒すとき何したんだ」

「確か全力で術を使ったわ、早く帰って刃を休ませたかったもの。でも、それならなんで倒れてるのかしら? 私は攻撃なんて受けなかったのよ」

「単純に霊力切れだ――お前は全力で術を使って倒れたらしい」


 らしい……とは何だろうかと、龍華はそう思った。

 確かに最後に見た時には刃しかいなかったし、父親の姿は無かったから見ていないのは分かるけど、霊力切れならこんな物ではないはずで……半日じゃ回復しないはずなのだ。


「本当に霊力切れ? 刃は三日寝てたのよ? 私が半日で起きれると思えないわ」

「――それはな、刃がお前を助けたんだよ」

「そうなの? ならお礼を言わないといけないわ。刃はどこかしら?」

「悪いが、今のお前と刃を会わせる気はない。契約の範囲内には居させるつもりだが、あいつが滞在して契約を破るまでの間は絶対にだ」

「どうして? ……冗談でもそんな事は嫌よ、お父様」


 突然告げられたのはそんな事、龍華はその意味が分からずすぐにそう答えた。

 彼と会えないというだけで軽く震え、それどころか嫌な想像だけが頭を過る――会えない? 彼に……とそれを考えるだけで不安になってしまう。


「その反応が答えの一つだが、どれだけ自分が刃に依存してるか自覚してるか?」

「それは理解してるわ、初めての相手だもの」

「あぁ、そこはな――龍華、お前刃が傷付くだけでどうしてあぁなるようになったんだ?」


 逢魔が言うのは、刃が少し傷付いただけでも帰ろうと良い霊薬を求めた昨日の姿。

 心当たりはあるのでそれに対して答えようとしたのだが、龍華は言葉を詰まらせてしまう。


「それがもう一つの答えだ。なぁ龍華、お前は刃が傷付くの見れなくなってるんだろ?」

「そんな事……ない、はずよ」

「いや、あいつは気付いてたようだぞ? 本当に心当たりないのか?」


 その問いに対して龍華は答えることが出来なかった。

 だって、それは事実だから。自分は最近の模擬戦でも無意識のうちに手を抜いており、彼が傷付かないようにしていたから。


「分かった――これ以上は聞かんが、暫くは自室にいろ。いつも通り過ごして良いが、絶対に刃に会いにいくな。あいつは今動けないからな」


 そう言って、部屋から出て行く逢魔。

 それを見送り部屋に残された彼女は何も言えず、ただベッドの上で佇むことしか出来なかった。 

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