第6話:突然やってくる来訪者


 この世界には暦の一族という和風月名から名を取った十二の家がある。

 それらの家は序列順に日本の竜穴や龍脈の管理を任されており、【けもの唄】の原作でも暦の一族はかなりの力を持っていると描かれており、あの漫画を読んでいた者の記憶には彼等の事が残っているだろう。


 そしてここは宮崎県の高千穂町。

 日本神話と深い繋がりがあるその町には卯月を冠した者達の屋敷があった。

 外観はよく想像出来るような昔ながらの日本の豪邸、庭には池があり塀が高く侵入者を拒む結界が貼られている。

 そんな卯月の屋敷の片隅に、退屈そうに佇む白雪のような少女がいた。

 腰まで伸びる一切の不純物がない白い髪に、紫水晶の宝石のような瞳。

 そこだけを見れば卯を思わせるような幼子ながらに整った彼女は、一部が人とかけ離れていた。

 彼女は二本の鹿の様な角と顔に蛇の様な鱗を持っていたのだ。


 ――そんな彼女の名前は卯月龍華うづきるか

 将来的に卯月の家を任される姫の様な立場の人間であり、原作でネームドキャラとして登場し、剣のヒロインであった少女だ。


「暇ね、とても暇。この暇って売れないの?」

「……お小遣い足りないのか?」

「お金はいくらあっても困らないでしょう? それに、現代人って暇な人が少ないって聞くし丁度良いと思うの」


 父親であろう男性と話しながらも退屈そうな態度を隠さない龍華。

 暇だ暇だと言いながらも池を見つめて、泳ぐ錦鯉を観察している。


「そんなに暇なら訓練でもしたらどうだ?」

「酷いこと言うのねお父様、私の相手になるような人はもういないのに……もしかしてお父様が戦ってくれるの?」

「俺は娘を傷付ける趣味はない、それに今日からちょっと家出るし無理だな」 

「…………お仕事?」

 

 それを聞き、龍華は目をぱちくりさせて驚いた。

 いつも家にいて書類仕事ばっかりの父にしては珍しいと。


「もしかして大型のケモノでも出たの?」

「そんな所だ。時間ないから詳しい事は説明できないが、知りたかったら部下から聞いてくれ」

「へぇ、ならいってらっしゃいお父様。お土産よろしく頼むわね」

「はいよお姫様、面白い話でも持って帰ってくる」


 そう言って娘である龍華から離れる男は屋敷の入り口に待機させていた車に乗り込み移動を始めた。車の中には武器を持った部下が数人、皆が緊張している中で数十分後に男が口を開く。


「……はぁ、あいつに会うのは良いが娘と離れるのはなぁ」

「親馬鹿ですもんね、逢魔様」

「馬鹿っていったかお前?」

「事実でしょう? それにしても龍華様は本当に日に日に強くなっていきますね」

「俺の娘だしな、お前も負けた口か?」

「えぇ、それはもうこっぴどく――で、何を悩んでるんですか?」


 逢魔と呼ばれたその男は部下のその質問に暫く悩み言おうか迷った後に口を開く。

 

「いやな、娘がずっと退屈そうで辛いんだよ。同世代の子供と関わらせていないこともあるが、あの子に窮屈な思いさせてないか心配で……それに、最近あの子手加減ばっかりしてるだろ? 気を遣わせてそうでな」

「……それは私達の力不足もあるでしょうね。面目ないです」

「俺が相手しも良いんだが、それは違う気がするんだよ」


 同世代の子供、それこそ同じ暦の一族の子と関わらせてあげたいが……基本十二家は不干渉。相応の場所でないと会わせる事も出来ないし、何より基本我が強いしで喧嘩が起こりそう。


「あぁ、どこかにあの子と対等に渡り合える子が居れば良いが……」


 車の中そんな事を切に願いながら卯月逢魔うづきおうまは親友に会いに行く。


               ◇ ◇ ◇ ◇

 


 父さんが屋敷から出て仕事に行っているせいで珍しく訓練がない二日間、そんな中俺は書斎で本を読んでいた。

 この世界は現実を元にしてるだけ会って、文字は前世と同じ日本語が主だ。だから早い頃から文字も読めたし、術の勉強もかなり捗ったことを覚えている。


「それにしても数日空けるって言ってたけど何があったんだろうな」


 本を読みながら家を出たときの父さんの言葉を思い出す。

 普段は何日かに一度家を出て仕事をしにいく父さん、毎回怪我なくすぐに帰ってくるしやってることと言えば家の周囲のケモノ狩りとは聞いていたけど、こんな風に何日か家を空けるといったのは始めてだ。

 ちょっと気になるが、今は勉強優先なので本に意識を落として一冊の本を読み込み始める。


「えっとケモノが生まれる理由……」


 書かれている内容はケモノについて、まだ出会ってないがこの先嫌でも関わることになるだろう怪物達の事だ。

 ケモノは瘴気というモノが集まって生まれる。

 瘴気の発生原因はいまだ不明とされており、この本では誰かの怨念が関係あると書かれている。


「原作ではあんまり触れられてなかったけど、この世界で生きる時点でかなり重要だよな」


 この先瘴気を操る奴とか出てくるし、何ならその瘴気を操る奴を俺は利用する未来もあるしで色々波瀾万丈。曖昧なそれはこの世界を生きる俺に取っては死活問題になりえるだろう。だって変にどっか行ってケモノと遭遇とか笑えないから。


「そういえば俺って何処住んでるんだろうな……」


 すっごい今更な事だが、今俺はどこに住んでるか分かってないのだ。

 屋敷は広く周りは森……というか森しかないのだこの場所は。何処を見るにも木だけあり、なんなら真上が開けてるだけでそれ以外が全て木々。

 スマホもないこの時代、GPSとかも使えないので場所が一切分からない。

 まぁ、そもそも五歳がスマホもつのヤバいと思うが……。


「あれ、なんか人いっぱい来てないか?」


 勉強をしていると家の中から慣れない気配を感じた。

 それも幾つもあり、霊力的に多分大人。

 母さんが対応しているのか全く使われていない客間に人が集まっているようだ。この全く人が来ない屋敷に人が来るなんて珍しいなと思い気になった俺は客間に突撃することにした。


「六年ぶり急に来て悪いな凜、昴は居ないのか?」


 襖越しに聞こえるその言葉、何処かで聞いた事あるその声に違和感を覚えたが、とにかく誰かが来てるか確かめる為に声をかける。


「母さん入っていいか?」

「……なんで子供が?」

「私達の子よ――入って良いわ刃」


 許可を取ったので俺は襖を開けて部屋に入る。

 中に入ればそこにはとっても既視感のある男性がいて、俺を驚いた様な目で見てきた。いや驚きたいのは俺なんだがと思いつつも、なんとか抑えて母さんの横に座る。


「……生まれてたのか?」

「えぇ、なんとかね。刃、この人は昴と私の友人である卯月逢魔よ」

「あ、よろしくお願いします」

「おう、よろしくな……本当に昴のガキか? 礼儀正しいんだが」

「……貴方、子供の頃から昴を知ってるものね。違和感覚えても仕方ないわ」

「まぁ幼馴染みだしな――というかまじか、子供生まれてたのか……なんでおしえてくれなかっんだよ」

「色々あったの、それよりなんの話かしら?」


 そう聞く母親に少し言葉を渋っているような反応をする逢魔という男。そんな彼を前にして俺は俺で思考をまとめる事にした。

 卯月逢魔とは原作のネームドキャラの一人であり、剣の師匠の一人。

 しかも、メインヒロインである龍華の親という超重要人物。そんな彼と父親が面識会ったと言うことも驚きだが、まじでなんで来たのか分からない。


「まぁ……大丈夫か。今回来たのは瘴気とケモノの件だ。最近この富士の龍穴近くに瘴気が集まっている。龍穴の危機だケモノを祓うためにも俺達は来た」

「知ってるわ、昴も対処のために数日家を空けてるもの」

「だから今居ないのか、出来れば会いたかったんだ……」

「それより逢魔、理由はそれだけじゃないでしょう? この地の龍穴は私達に任されているはず、宮崎の地を任された貴方達が関わるのはおかしいわ」

「……やっぱり違和感持たれるか、降参だ。俺達は確認のために来たんだよ。数年前妖刀である四季が消えた。それであの刀の反応がここの周囲にあったんだ。今回来たのはその捜索、あれを管理してたのは卯月家だからな」


 ……その言葉で俺は来た理由を完全に理解する。

 これ……彼等がここに来ることになった理由は俺だと。

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