第3話:目覚めた先が見知らぬ神社
……儀式の最中、気付けば俺は未来の刃の姿で見知らぬ場所に立っていた。
目に付くのは何故か違和感すら覚える黒い鳥居、一般的な神社で想像出来る鳥居より少し大きいそれの先には当然だが本殿がある……筈なのにどうしてか鳥居の先が見えないのだ。
「どこだ……ここ?」
どれだけ記憶を探っても見覚えのない景色……なのに感じるのは圧倒的な既視感。
気持ち悪さすら覚えるこの場所、そこでは何故か体の自由が効かなくて……いつの間にか鳥居の向こうへと足を進めようとしていた。
どくんどくんと脈打つ心臓、感じる数多くの視線に倦怠感。
風邪を引いた時……というより強く感じるのは拒否感。
この場所から離れたいというか、この場所そのものに対する拒絶の感情だろう。
ツッコみ所……と言えればいいが、あまりにも違和感がありすぎる。来た事が無いのに覚えがある場所、何故喋れて未来であろう姿で今居るという意味不明な現状。
穢れと言えばいいのだろうか? 空気全体が全て淀んでいて、息するだけで毒を吸っている感じ。
「待てよ……ここ知ってるぞ」
意味分からなすぎて色々記憶を探ってたが、その中で残っている原作知識に該当するシーンというかコマがあった。
それというのは刃の心情世界……いや彼女に作り替えられた常世とも言える咒禍の世界だ。
「いや、流石に無いだろ……まだ目を付けられるのには早いって」
思い出した瞬間に自由が戻ったので口に出して否定をするが、何故か本能で彼女がいるのを理解し、何よりここに来る前の直前の記憶が否定させてくれないのだ。
【けもの唄】の世界は、現実世界をファンタジーに置き換えたような世界観なのだ。特に日本神話をメインの軸としており、日本神話の概念はかなり多く使われている。そのせいか、この世界にはケモノとは別に様々な神が蔓延っており……俺がさっきから言っている彼女も社を持った神であり……この先の未来で刃の生涯の相棒でありヒロイン枠のやべぇ奴。
本来なら刃が闇堕ちした時に目を付けられ憑かれる筈なのになんで……。
とにかく鳥居の向こうに行くのだけは駄目だ。推しキャラの一人であるからこそ彼女の事は知っているが、下手なケモノより何千倍かはヤバイあの子に気に入られるのだけは阻止しなければいけない。
「縁が無かったって事で、帰らせてくれないか?」
一応問いかける。
この世界の主である彼女の機嫌を損ねるのだけはダメだが、相手はまだ俺の事を知らない筈だから。偶然って事もあるし、話は聞いてくれる彼女の事だきっと帰らせてくれる……と思いたい。
で、それが不味かったのかも知れない。
その瞬間周りから感じる視線が鋭くなり、鴉の鳴き声が響きだしたのだ。
「あ、ダメっぽいな」
こうなった場合、交渉するしかなくないか?
帰るには彼女の許可が必要で彼女に会うには鳥居をくぐらなければいけない。
作為的なモノを感じるが、それは絶対条件なのでもう俺に残された選択肢は一つしか無い。だから出来るのはその中で彼女に興味を持たれず気に入られないようにするだけ。
「……お邪魔します」
鳥居の前で一礼し、そのまま中に入れば景色が変わる。
いや、いままで見れなかったモノが見えるようになったのだ。目に付くのは左側にある手水舎。殺風景なこの場所の右手側には巨大な木が生えており、奥には賽銭箱が……。
あまりにも原作通りの光景に頬が引き攣るのが分かったが、覚悟を決めなければ持ってかれるだろうから気を引き締めなければいけない。
歪で禍々しい気配があるがどこにも姿はない、きっと祈るには賽銭箱の前に立つ必要があるだろうし。
「で、賽銭用の小銭も……やっぱあるか」
いつの間にかポケットに入っている五円玉。
これは霊力が形になったモノと原作で語られていたが、実際はどうなのか分からない。そもそも自身の霊力の塊を【かみ】に捧げるのは危ない気もするし。
でもそんな事を言っている場合ではないので、俺は感じる視線から逃れるように前に進み賽銭箱の前に立ち五円玉を入れた。
「…………
口に出して願うのはそんな事。
交渉する為には会う必要があるし、この空間から帰るためのその願い。
言葉にし終わった後でナニカが削れる感覚に襲われ、一気に不快感が増してくる。喉が枯れ水を求めるようなそれを覚え、空気が変わるのを実感した。
――そして。
「はじめましてね、私の運命の人」
現れたのはこの世のモノとは思えないほどに綺麗で浮世離れした少女。
腰まで伸びる濡れたような純黒の髪、黒いセーラー服に同じ色のタイツ。そして何も灯してないかのような極黒の瞳。
どこまでも真っ黒い彼女は、微笑みながら姿を現した。
賽銭箱の上に浮かぶ彼女は、とても甘い声でこう続ける。
「それにしても驚いたわ、私の事を知ってるのね。それに魂はもう成長してる――やっぱり貴方は特別なのかしら?」
あまりにも透き通るように頭の中に入ってくるその声。
頭痛を覚え、綺麗なはずなのに聞きたくないと思えるそれは悪性の彼女の特徴の一つ。あまりにも魔に近い彼女は言葉一つ一つに呪いを孕んでおり、聞きすぎると惹かれてしまう。だからこそ、言葉は最低限、そして名前だけは告げてはならない。
「それで、何の用かしら? ただ会いに来てくれたって訳じゃないでしょ?」
「……帰るためだ。貴女の許可がなければここから帰れないのは知っている」
「それは残念、私はもう少しお話ししたいのだけど……でもいいわ、初めて会うのだものね、今日はすぐに帰してあげるわ」
予想外だが、気は抜けない。
原作を知っているからこそ彼女を畏れる俺は絶対にミスってはいけないことを理解しているからだ。だって彼女がただで人間を帰してくれる訳がないのだから。
「……条件は何だ?」
「私の事を何だと思ってるの? 成長しているとはいえ体が赤子の貴方にはまだ何も求めないわ――でも、それなら名前を教えてくれないかしら? 一方的に知られているというのは恥ずかしいもの、お願い出来る?」
上品な少女の様に気恥ずかしそうに微笑み、俺の目の前に立った彼女が上目遣いで頼んでくる。その仕草は可愛らしく、意志が揺らぐ奴がいるだろうが、俺は誘われない。何故なら知っているから、彼女の背景を何よりそのやばさを能力を。
「別のならいいが、名前は教えられない」
「残念、でもそれでこそ私の運命の人……今日は楽しかったわ。また会いましょう」
「出来れば会いたくないけどな」
「ふふふ、いけずね。より好きになったわ」
それを最後に浮上する意識、急激に上がっていくそれに眠気を感じ俺はその場から消えた。
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