第36話 製鉄所の場所の謎

 利津子さんが私の方を見ながら、ハラハラと涙を流し始めた。今まで涙を流していても、凛とした表情だった利津子さんが、見たことの無い強張った表情で大声で泣き始めた。




私は何かあったと思い、急いで側に駆け寄る。




利津子さんは、「橘さん、海神様の呪いが見えたんです。・・・うわーん!」




「りっちゃん、大丈夫?一体どうしたの?」利律子さんのお母様が心配そうに利律子さんを抱き寄せる。




利津子さんは、お母様にしがみ付くと、とても強張って歪んだ表情で、




「橘さん、どうすればいいか教えて下さい!うわーん!」




 また何か見えたのだろう。まだ12歳だ。不安にもなるだろう。




「話せますか?」




私がそう聞くと、利律子さんは困った顔をしながら、




「海の中にいる女の子と、お爺ちゃんと、海から声がして、嬉しそうなおじいちゃんと、鉄の建物が出来そうなのと、偉い立場の人の話と、お爺ちゃんが怖がっているところと・・・。」




そう話したときに、利律子さんはお母様の方を見て一時動作が止まった。利律子さんのお母様は首を傾げて利律子さんの方を見ていた。利律子さんは、また私の方を向くと、




「とにかく怖くて。」




そう言うと、ぎゅっと口を閉ざし、両手の手のひらを膝の上で強く握りしめると、泣くのを我慢したような表情で、




「私は守りたいんです!お願いです!どうすればいいか教えてください!」そういってとても強い表情で私の方を見た。




「利律子さん、全面的に協力して必ず解決して見せますから、今日はとにかくお母様と休んで頂いて良いでしょうか?体調を崩したら、計画を立てたとしても、どんどん先延ばしになりますね?」




利律子さんは少しホッとした表情で私を見上げていた。私は続けた。




「利律子さんのお話を詳しく聞かないといけませんが、遅くなりましたので夜食を取って下さい。ホテルにルームサービスで対応するよう伝えておきます。そして今日はとにかくゆっくり休んで、明日、また我々が参ります。朝10時位にはお伺いし、午後には飛行機で九州に戻りましょう。」




そう言いながら、車の場所に向かうように促す。お母様は気が付いてくれたようで、利律子さんを立たせ、手をつないで歩きだしてくれた。




利律子さんは気が抜けたのか、だんだん眠そうな表情になっていった。




「富田、メモを取ってくれますか。」




「はい。」そういうと、さっとペンと手帳を取った。




「まずホテルまで同行して夕食のルームサービスを準備させること。利律子さん達親子にはダイニングテーブルがある広い部屋に変更すること。明日、そこで話を聞く。何もないとは思うが、利律子さんとお母様の部屋のすぐ隣に部屋を取ってくれ。夕食も朝食も、好きなものを取っていい。私は明日10時に来る。」




富田は私の後ろから、「はい!承知いたしました!」そう答える。




車のそばに来ると、富田は運転手の隣に立ち、後部席の方へお二人を誘導した。お二人が車に乗り込み、運転手がドアを閉めると、足早に助手席に乗り込み、運転手が富田側のドアを閉め、足早に運転席に入って行く。




車はゆっくりと進んでいった。手を振りながら、利律子さんはお母様と一緒に頭を下げていた。富田とアイコンタクトをし、私達は車を見送った。




さあ、私は各国との会合の資料に目を通さねばならない。急いで自宅に戻り、それらを済ませ、明日に備えようと思う。








次の日、柳、榛葉、黒崎を連れホテルに伺った。ロビーで待っていた富田が、私たちに気が付いて急ぎ足で近付いてくる。




「おはようございます!」




「おはようございます。ゆっくり休めましたか?」




「昨夜は利律子さんも、お母様も、お部屋で夕食を取られ、すぐに休まれました。朝、お二人とも体調も良く、朝食もレストランのブッフェを食べ、今部屋でお待ちになっています。」




「ご苦労様。連日の対応で疲れていないですか?今日は同席出来そうですか?」




「大丈夫です。パレススイートの部屋を御取しています。お部屋に案内します。」




スイートの部屋を遅くによく取れたな。まあ、空いていなければいつものやり方で変更させるだけだから、何の事は無いだろう。




部屋に着くと、富田がノックをし、利律子さんのお母様がドアを開けてくださった。後ろには利律子さんがいた。




「おはようございます。」と二人揃って挨拶された。




利律子さんのお母様は申し訳なさそうに、言う。


「こんなに高級なお部屋を取って頂いて、本当にありがとうございます。」




「とんでもございません。疲れは取れましたか?」




「はい。とてもゆっくり休めました。本当にありがとうございます。」利律子さんのお母様がそう言うと、


利律子さんも、




「こんなに広いお部屋をありがとうございます。」と言って頭を下げた。




「利律子さん、疲れは取れましたか?体調の悪いところはありませんか?立ち話もなんですから、はソファーに座ってお話しましょうか。」




そう言って、皆で座ろうとしたが、こちら側は5人居る。どこに座るか決めようとしたら、富田が気を配り、一番ゆったりできる奥の所に利律子さんとお母様を、その隣に私と黒崎を、テーブルを挟んで反対側には柳と榛葉を座らせた。




「私は飲み物を準備します。」そういって富田はさっと席を立った。




「利律子さん、昨日見た内容を教えて頂いても宜しいでしょうか。」




そう言うと、利律子さんは、




「はい。見たままをそのまま順番に話します。」そう言って話始めた。




お宮という少女の話から始まり、龍が出て来た渦潮の場所、利律子さんの祖父にあたる方の話、利律子さんのお母様がお生まれになった時、祖父と海神が会話していた内容、白人の要人たちの会話と場所を示す赤い印、そして利律子さんのお母様に対して海神が言った言葉を聞いた。




「え?りっちゃん、それは私の事なの?」と利律子さんのお母様がすこし目を丸くして尋ねる。今度は利律子さんが、




「うん。咲子ってお母さんでしょう?」利律子さんはお母様の手を強く握り、顔を覗き込むように尋ねる。




「え。でも、お母さん全然不幸じゃないよ?お父さんと一緒になって、とても幸せよ。美和ちゃんやりっちゃんのお陰で毎日楽しいよ。」


そう言ってにっこりと笑う。




利律子さんがとても動揺して泣いていたのは、このためか。守りたいというのは、お母様の事か。




「今のお話の中で、白人が赤い印を付けていた場所は思い出せますか?それと、龍が出て来た渦があった場所も教えて頂きたいのですが。誰か、地図は持っているか?」




「あります!」と榛葉が言うと、ごそごそと分厚い鞄を開け、日本地図と世界地図をさっと出して来た。




「どうぞ!」と、目を輝かせて私に地図を渡す。榛葉はもうすでに場所を知りたくて仕方がない様子だった。




ソファーテーブルでは狭いため、ダイニングテーブルに移り、そこで日本地図を広げた。




「渦巻は、ここと、ここと、ここからです。」




そう言って利律子さんが示した場所は、関門海峡、来島海峡、鳴門海峡の辺りを示した。




「そして、製鉄所の赤い印は、ここと、ここと、ここと、ここ。この四つを白人さんは、特に指さしていました。」




それは、大分、八幡、福山、神戸だった。






第二次世界大戦直後、製鉄所の建設が活発化していったとき、建設現場が瀬戸内海に集中していることに、我々も気が付いていた。




しかし。




大分、八幡、福山、神戸は全て、イザナミが向津姫の体をバラバラにし、別々の場所に埋めた場所だ。利律子さんが見た地図で、この4か所だけ印があったこに、私は非常に驚いた。




そして、関門海峡、来島海峡、鳴門海峡の渦潮は、太古の昔、レダが龍の姿になった時に、とても心地が良いと好んでいた場所だった。




製鉄所は瀬戸内海付近に集中して建てられている。それは、向津姫とレダがこの日本を守るために残した守護の力を、封じ込める結界とする目的で建てられていたようだ。




その時、利律子さんが、急に上を見て動かなくなった。




「りっちゃん、どうしたの?」お母様が驚いて利律子さんを揺さぶった。利律子さんの両腕が上に動いていく。利律子さんは上を向いたまま立ち上がった。




利律子さんの顔が光を帯びてきた。周りの部下たちが、「ああっ!」と声を漏らす。




そして、懐かしいあのお方の声が聞こえた。




私は息を飲んだ。




「渦潮の下に・・。そこに、あなたがイザナミに奪われた剣が眠っています。それが、地上に再び現れる時が来たようです。お宮に想いを馳せ、その地から、渦潮へ向かってください。」




そう言うと、利律子さんは椅子に座り込んだ。




「りっちゃん!大丈夫?」




「大丈夫。なんだかふわっと浮いたみたいになっちゃった。あはははは。」




お母様はほっとしていた。




周りは、大の大人が皆、目を丸くし、驚いた顔で利律子さんを見ていた。

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