魔法少女ロジカル

黒ノ時計

第一章 魔法少女ロジカル

第1話 私が魔法少女を信じるワケ

 気づいたとき、私はいつも通っていた公園に赤黒いペンキが塗りたくられたような世界に立っていた。天を覆い尽くす血色の海とそこに漂う黒い雲は、まるで終末世界を模していたかのような様相で、幼い私からしてみれば突如として地獄に放り込まれたかのような恐怖が訪れた。


「お、おかあさん……? まい……? どこにいるの……?」


 か細い声で呼びかけてみるも、辺りを見渡してみれば私以外の人は一人もいなかった。ただでさえ自分が恐ろしい別世界に迷い込んだことで思考が麻痺しそうなのに、加えて人っ子一人いない公園なんて夜道を一人で歩くのと同じかそれ以上の恐ろしい光景だった。


「ねえ、だれかいないの……? ねえってば……」


 私以外の声が何一つ聞こえず、そよぐ風の微かな囁き声すらも恋しいと思い始めていたときのことだ。


「ウアアァァ……」

 何か、得体の知れない者の声がどこからか聞こえてきた。世界に一人しかいないのではないかとすら思っていた私にとって、例えゾンビが発するような低い唸り声であっても不安を払拭するには十分過ぎた。


「だ、誰かいるなら……。助けてください……!」


 しかし、私は自分から大声を出したことを一瞬で後悔することになる。公園の木々に隠れたそれは外周の道路をゆっくりと歩いてきて、やがて公園の入り口に差し掛かると悍ましい全体像が明らかとなった。


「ウアアァァ……」


「な、なに、あれ……」


 抑えきれなかった恐怖が声の震えとなって現れ、もはや拙い言葉しか出て来ないくらいにほぼ思考は停止しかけていた。体長五メートルを超える、全体が黒い泥のようなもので覆われた首の存在しない人型の巨人が私の目の前に現れたのだから。


「ウアアァァ……」


「い、いや……。こないで……」


 早くここから逃げないと。そう思っても、体が上手く動かない。脳が体の動かし方を忘れたのか、あるいは体が神経伝達を拒否しているのかは分からなかったけれど、私の足はただ条件反射的に震えることしかできず、静かに近づく巨体の圧に押されてその場に尻餅をついてしまったのだ。


「ウアアァァ……」


「い、いや……」


 黒い巨人は私の目の前で歩みを止めると、骨がないらしい腕を鞭のように天高く振り上げ、無感情に私へと振り下ろした。私は逃げることもできず、ただ迫りくるそれが自分を踏み潰す瞬間が訪れるのを眺めていた。


「わたし、しぬんだ……」


 私が死を実感したのは、多分この時が初めてだ。不条理な存在を目の前に、何かをすることもできずに己の最後の瞬間を待つのはとても恐ろしかった。それでも私は、迫りくる巨大な黒い壁から目を離すことはせず、もう目と鼻の先まで近づいたと思ったそのときだ。


「間に合ええええええええええ!」


 敵を圧倒するほどの覇気に満ちた声と共に空から落ちて来たのは一筋の青い閃光だった。バチバチと音を立てて空気を走った電撃は私の肌をも震わせ、一瞬の眩い光は一筋の希望にすら思えた。


 いや、紛うことなく希望そのものだったのだろう。


 真っ暗な闇に覆われた絶望を駆逐するのは、いつだってたった一筋の希望の光なのだから。刹那にして怪物の体を引き裂き消滅させた一筋の青い稲妻はやがて細やかな青い光粒子となって天空から降り注ぐ希望の雨へと姿を変えた。


 そして、私の目の前には怪物を倒した張本人と思われる女性が立っていた。稲妻と同じコバルトブルーの長髪を靡かせ、左手に腰を当てながらこちらへ体を斜め四十五度で向ける姿はまさしくヒーローの決めポーズに等しく、白を基調としたプリキュ○のようなドレス姿をした彼女は不敵な笑みを浮かべるとその場で中腰になって私に手を差し伸べた。


「大丈夫? お嬢ちゃん?」


「あ、うん……。えっと、ありがとう」


「どういたしまして。まだ小さいのに、お礼が言えて偉いね」


 私は恐る恐ると彼女に手を伸ばすと、私が掴む前に彼女は私の手をギュッと掴んで起こしてくれた。凛々しい強い意思を宿した瞳は、誰かに助けを求めないと一人で立つこともできない私にとっては見た目以上に眩しく、何より自信満々の笑みを作れる彼女自身もまた相当に眩しく見えた。


「それで、お嬢ちゃん。お名前は?」


「えっと……。理論寺、正華」


「そっか、正華ちゃんか。私はね、見ての通り魔法少女さ!」


「魔法、少女……」


「そんな信じられないみたいな目で見ないでよ。見てたでしょ? こんなでっかい怪物を一撃のもとに吹き飛ばしたのをさ!」


 彼女は大袈裟な動作で敵の大きさを表現した後、魔法少女にありがち? な仁王立ちを決めてから力強く言い放った。


「私は、魔法少女ライジング! 青い閃光で全てを焼き払う正義の味方さ!」


 このとき、私は魔法少女が実在することを知った。自分の命を助けてくれたのだ、夢であるはずがない。


 そして、後に私は心に誓ったんだ。


 いつか絶対に、私も魔法少女になるって、そう決めたんだ。

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