月詠の泪

乾杯野郎

第1話

「お前はさ…」


「ん?」


「良い奴だよな、なんだかんだ」


「君、今頃気がついたの?僕の良さを」


「普通は謙遜する所じゃないの?…お前らしいよ…なぁ?世界でも獲ってみるか…」


「いいねぇ〜「世界を獲る」響きがいいよ!」


「本気にするなよ、言ってみただけだ」


「いやいや、目標は大きく持たないとね!まずは親父を潰してからだな〜」








あの頃の君が今の僕を見たらなんて言うかな…


滑稽だって笑ってくれるかい?


それとも呆れてつっこまれるかな?…




不条理だよな…やっばり…


ーーーーーーーーーーーーーーーー


東京クライトンベイホテル

埋立られ作られた人口の島、観光地としてはもうだいぶ寂れたが、クライトンベイホテルだけは変わらない

ここの1638号室はピースカンパニーが東京で仕事や商談をする時に使う根城だ

ここ最近立て続けに日本、と言うより東京での取り引きや厄介事が多くそれならばと長期で借りてしまえと社長の松田 啓介が勝手に決めもう1638号室は総合商社ピースカンパニー専用部屋になっていた


「ーーーーーん!やっぱりここからの夜景は綺麗だねぇ、椿ちゃん?弟村くん?ゴクッゴクッゴク…プハーー!ビールうんま!」

缶ビールを片手に大きな窓の夜景にご熱心なのはピースカンパニー代表 「松田 啓介」



「そうやってまた勝手に!会社のお金は貴方のお金じゃないんですよ!管理してるこっちの身にもなってください!」

怒りながらPCで帳簿をつけているのは秘書兼メイド兼護衛 「名城 椿」

先代から仕えているメイドで先代からの引き継いだ社員は今や彼女1人だけだ

兼業が多いのは社長の松田が全部押し付けてるから兼業が多くなってしまい松田にとっては秘書と言うより口やかましい親戚の姉や妹のような存在だ


「まぁ綺麗ですが…そろそろ違う夜景も見たいと思いませんか?子供じゃあるまいし、変化をつけましょうよ」

同意はするが軽く皮肉を言ったのは運転手兼護衛 「弟村 史」

彼は3人の中では1番日が浅く面接で入社した社員

松田の相手をするのがしんどい名城が「人を増やせ!」とまくし立てたので雇ったのだ

護衛もするが本業は運転手で車、バイクだけでなくジェットスキーやスノーモービル、特車のクレーンやはたまた小型船舶やヘリコプター、小型セスナまで操縦できる

ピースカンパニーはこの3人4脚で運営していて主に武器や戦闘車両、はたまた戦闘ヘリも用立て、情報も売り買いしている会社ではあるが松田が逆張りみたいな事、例として小国の独裁政権でクーデターが起きた場合クーデター側に最新鋭の武器を卸したりするがさすがに金がないので儲けが出ない

本人曰く

「絶対勝つ方に売るのはつまらない、後々恩を売れるでしょ?」

だそうだが真意は定かでない

なら儲けはどうだしてるか?それは松田が得意のハッキング等を駆使して売り買いする情報と詐欺まがいで金儲けをしている連中に儲け話をふっかけ金が貯まったところでそいつらのアキレス腱を切り金持ってドロンの算段。財産が無くなると同時に社会的地位も無くなり挙句逮捕というダブルパンチ

なので名城や弟村は「「金をちゃんと払え」」と言うがそれなりに高報酬なのだ


「ここの長期契約は僕のポケットマネーですー!会社の金はつかってませーん」

「社長はピースカンパニーの名前使って投資話さてるでしょう?それはもう立派な会社の利益です!」

「会社の利益ってんなら椿ちゃんはその投資セミナーの時何してるのさ?僕が講釈して儲けてるから僕個人のものですー!」


名城と松田はいつもこんな感じだ

やれやれと呆れながら弟村が止めに入る

「2人共、大人なんだからその辺にしましょう?ね?そういえば今日のクライアントは変な注文でしたね」

弟村はノンアルコールビールをグラスに注ぎながら話た

「そういえば…そうですね、珍しく社長も怒ってましたし」

「ん?僕が?怒る?馬鹿なこと言っちゃいけんよぅ?てかなんだっけ?」

「はぁ…社長のその「自分には関係ない人間は頭に入れない」スキルが羨ましいです、ホント…」

ブルーライトカット加工の眼鏡をかけ長い黒髪にリボンをした名城が呆れながら答えた

弟村にこっそり手招きをして呼び寄せ小声で

「これって褒められてるの?」

「ハァーーーーー…どこまでプラス思考なんですか…こう言ってはあれですけど…馬鹿なんですか?」

「みんなしてさ…好き勝手言って!僕ね一応雇い主だからね!忘れないでよ!でも昼間のアレは無いわ、TPOも弁えないでホテルにあんな格好でさ、ボソボソ喋って何言ってるか全然わかんないよ!挙句「生物化学兵器は無いんですか?」そんなもん僕が扱うかって話さ!あームカつく!」

何やらおかんむりの様子だ

「社長ってなんでも仕入れられるんですよね?」

弟村が尋ねた

「うん、大抵の物はね、米軍正式採用物みたいな物でもいけるよ」

「ならなんでそういうのは扱わないんです?」

「あー…弟村さん、それ禁句、地雷よ」

眼鏡を抑え首を振りながら名城が言った


バァン!


松田が強く机を叩きながら答えた

「弟村!あんなもん武器でもなんでもない!確かに僕は人殺しの道具を売り買いしてるよ、でもね?人が人を殺す実感を湧かせない物を使うのは人の道を外れた畜生だよ…あんなもん…存在しちゃダメなんだ…」

1呼吸置き

「18階のラウンジに飲み行ってくるよ」

そう言って立ち上がり1638号室を出ていこうとした

「社長おひとりは…」

名城が作業をやめ立ち上がろうとしたら

「君たちが居たらナンパができないからついてこないでね!」

そう言い残し松田は部屋を後にした

「名城さん…なんか俺マズイ事言いました?」

「弟村さん知らなかったですよね…実は社長、毒ガスとか薬物を極度に嫌がるんですよ」

「そういえばそういった取引はしないですし、それを頼んだ人とは二度と取り引きしないですよね?それよか1人で大丈夫なんですか?俺ラウンジまで行きますよ」

名城は作業に戻りPCを叩きながら答えた

「あぁなったら意地でも私達を連れて行かない、それに社長はね?ああ見えて結構強いんですよ」

弟村は目が飛び出そうな勢いで目を丸くした

「えぇぇぇぇぇ!嘘だー!いつもへっぴり腰で自分で売ったもんまともに触れないから俺たちにチェックさせてるのに!」

「あの方は何故か弱いフリというか…実は前に私不意をつかれて捕まったことあるんですよ」

「えぇ!名城さんが?!」

弟村は名城の強さを身をもって感じてるいるので信じられないと言った様子

「まぁあの時両手荷物で塞がってたしいきなり注射打たれましたから…ね」

「で?どう話が繋がるんです?」

「その時私を拉致したのは先代の部下だった人達で私を材料に社長をおびき出すのが目的だったみたい」

もう弟村は何が何だか訳がわからないと言った顔つきだ

「色々飛ばしますが…社長はどうしたんです?」

「なんか1人でWCS手配して助けに来てくれましたよ、あの時だけは本当にカッコよかったです」

「へぇぇぇ!意外ですね!」

「でもWCSの人にも「殺すな」って言ってました、社長自身も手や足を撃って致命傷を避けて撃っていました、アレだけは私も理由がわからない、なんで外して撃つんです?って尋ねたら「本気出したら目がしばしばした」と、はぐらかしてましたが…」

名城は作業が終わったの眼鏡を外して眉間を指でつまみながら喋った

「いつだったか3人でいる時に襲撃された時も頑なに「殺しちゃダメだよ!」って言ってましたね、自分を殺そうとした相手だと言うのに」

弟村は禁煙グッズを口に咥えながら首を捻っていた

「社長の死生観って私や弟村さん、他の人達と概念が違うのかもしれない」

「確かに…いつも適当な事ばっかり言ってるのにたまに哲学的というか禅問答みたいな事言ってますね、そう言えば名城さんと社長はいつ出会ったんですか?」

「えっーと…先代の旦那様が亡くなってすぐだったから…3年前くらいですかね」

喋り疲れたのか名城は紅茶を用意しだした

「弟村さんもいかがです?」

「何も仕込まれないなら飲みたいですね」

名城は前に前科があるので弟村が冗談で言った

「あの時は…すみません」

名城が顔を赤くして謝った

「いや、いいんですよ!是非紅茶お願いします」

「分かりました、少々お待ちを」

紅茶の用意していたが弟村は喋るのやめなかった

「そもそも名城さんと社長は面識あったのですか?」

「いや、写真でしか…」

「え?じゃあ名城さんもよく知らないんですか?もしかして?」

「はい、先代が亡くなる直前にご子息…今の社長の事を聞き先代の遺言で遺産を全て相続させるとあったので社長の居場所を調べて会いに行きました、当時は世界中で遊んでたみたいで初めて会った時は台湾で屋台引いてましたよ」

紅茶の準備が完了し弟村にカップを運んだ

「どうぞ、弟村さん」

「名城さんありがとう、いただきます、いい香りだ」

弟村は香りを嗅ぎ口に含み

「落ち着きますよね、俺も紅茶には色々…」

弟村は何かはにかみ、名城は1口含んだ後レモンを切って入れた

「しかし社長が台湾で屋台?!アハハハ!少し想像できて笑えますね!」

「私もびっくりしましたよ!先代のご子息って言うから会いに行ったら小汚い格好して屋台で日本人相手に焼きそば売ってましたから」

「なんで台湾で焼きそば?!」

「ホントよくわかんないですよね?」

「それで?」

「まぁ先代の遺言書とか一通り見せたらすんなり受け入れてましたね」

「ぶっ飛んでたのは前からなんですね」

「弟村さんにもこの苦労分かっていただけて何よりです」

「でもあの人身体に結構傷ありますよね?なんかしてたのかな?名城さんと会う前に」

「うーん…本人は「サバンナでライオン見に行った時やシャークゲージ入った時、夜道でボクサーに噛み付かれたりした」って言ってたけどどうなんでしょう?」


2人は社長の話で盛り上がっていた



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


〜18階ラウンジ〜


バーテンダーがシェイカーを振る音が子気味よく響きピアニストが心地よいメロディーをグランドピアノで奏でていた


「松田様、お代わりお作りしますか?」

バーテンダーが松田に尋ねた

「うん、頼もうかな、モッキンバードをお願い」

「承知しました」

モッキンバードはテキーラ、グリーンペパーミントリキュール、ライムジュースでつくるカクテルでものまね鳥という意味


「お待たせしました、モッキンバードです」

「ありがとう」

淡い緑のカクテルでとても綺麗だ

松田は1口含み何かを思い出す感じで大きな窓の夜の東京の空を見た


君も好きだったよな、モッキンバード



あの時言ったじゃないか


「あんなもんに手を出すな」って


あの時の君は…


だから…だから……


モッキンバードってしょっぱかったかな?

あの時もっと強く言って殴ってでも止めたら今もこれを2人で飲んでたかな…



なぁ…教えてくれよ…




カクテルを一気に飲み干し

カウンター席から立った


「ご馳走様、美味しかったよ、1638号室につけておいて」

「承知しました、松田様…」

「ん?」

「松田様はお客様です、無礼は重々承知なのですが一言よろしいでしょうか?」

「いーよ、なに?」

「私は一バーテンダーです…お酒とお客様が向き合う時、私は悲しくても後悔しても前向きなお酒を飲んで頂きたいのです」

松田は黙って聞いていた

「今日の松田様からは何か…こう…深い悲しみの感じが漂っているのです、バーテンダーはお客様のお話を聞くこともできます、私なんかが言うのは大変烏滸がましいのですが私はいつものようにめちゃくちゃな無茶を言う貴方のお酒を作りたいです、なので私で良ければお話ください」


暫しの沈黙…


「なんか気を使わせたみたいだね、ごめん」

「いやいや、こちらこそ大変失礼を!申し訳…」

「いや、ありがとう、今度は楽しく飲めるようにするよ。今度はグラスホッパー頼もうかな」


「ぜひ!私がおつくりしますので、お待ちしております」


…話したって……


エレベーターに乗り16階へ

降りて1638号室に


「ただいま〜」

カードキーを挿して鍵を開け松田が部屋に入ると弟村と名城が笑いながら楽しそうにしていた


「あ、社長」

「社長おかえりなさい」

「随分とまぁ楽しそうだねぇ、僕の悪口でも言ってた?」

「いやいやいや、台湾で焼きそばの屋台て!」

「もー!椿ちゃん!昔のこと言わないでよ!…悪いけど僕は先に寝るね、椿ちゃん、明日の予定は?」

「明日の予定は…13時から国防省の白川審議官と会食です、なので少し朝寝坊できますね」

名城は紅茶を片付けながら答えた

「分かった、明日は僕朝食いらないよ、少しゆっくり休みたいから2人で好きな物食べて、おやすみ〜」


「おやすみなさい、ごゆっくり」

「おやすみなさい、社長」


ベッドルームの扉を閉める直前ドアを開け名城に言った

「椿ちゃん、黒髪も似合ってるね!綺麗だよ!」

「あ、ありが…」


名城の返事を聞き終わる前、言うだけ言ってドアを閉めた松田はベッドルームに入っていった

誰もいないベッドルーム

もちろん明かりはついてない

名城が綺麗にベッドメークを施し、微かに香るアロマを炊いていてくれたみたいで少しリラックスできた

カーテンを少し開けると見えるのはたまに星が見え隠れする暗い東京の空


「ちょっと飲みすぎたかな…体が熱をもってる」


Tシャツを脱ぐと月の微かな明かりが松田の体を照らし以前撃たれた銃痕の他に背中の傷や裂傷痕、切り傷、それに左腕に噛み跡のような傷が浮かび出しだ



傷だらけの体

カーテンを閉め壁に掛けてあったローブを羽織りベッドへ潜り込んだ


瞼を閉じ無限の闇へ…


眠りと死はある種似ている


違いは「目覚める」があるかないかの無への没入


このまま明けない夜を何度も望んだ


なぜなら夜が開け目覚める続ける限り、背負っていかなければならないのだから…


そうだろう……?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


〜都内高層ビルレストラン〜


店は貸切なのか大きな卓で女が食事をしている横で男が土下座をしている

「す、す、す、すみ、すみま、すみません」

昼に松田と会った男が言葉をどもらせ謝っていた

「奴はどんな男だった?」

レザースーツに身を包み大きめのサングラスをかけた女が男に問うた


「ど、ど、どん、どんなと言われましても…わた、私…門前払いみたいな物で、ででしたので…」

「もういいわ、立ちなさい」

「はい…」

男はテーブルに手を付きながら起き上がったが

「使えない男ね!」

そういい女は男の左手の甲にフォークを刺した


「ギャっ!」


テーブルクロスに血が滲んだ


「すみません…」



「もういい!下がりなさい」


「はい…」


「ようやく見つけた…私はアナタを絶対許さない…」

そういい女が胸ポケットから1枚の写真を出した

写真には顔がそっくりな男2人とその女が3人で写っていた

戦地で撮ったのか3人とも服や顔が泥で汚れていて2人の男のうち1人と女は笑顔で肩を抱き寄せ満面笑顔でもう1人の男はどこか不貞腐れてる感じで写っていた…









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