第8話 距離を詰めろ!

 初めてGIIギーを訪れた翌朝、千夜は再び登校前に寄り道をした。

今度は遠目からでも、看板が店先に出ていることが確認できた。


「開いてる!」


 駆け足になって、息を弾ませながらガラス戸を開けていた。

 カランと鈴が鳴って、今日はすぐに会計台の奥の扉から店員が出てくる。


「やあ。いらっしゃい」

「おはようございます」


 駆けてきたせいで、少々息が上がっていた。上気した顔のまま、千夜は息を吸い込んだ。


「あー。良い香り」


 空間一杯に漂うのは、愛する甘い香りだった。常にこの香りに包まれたまま暮らせたら、きっと何もかも上手くいく。毎日が薔薇色だろう。千夜はそんな妄想を、思わず口走りそうになった。


「本当にチョコが好きなんだね」

「はい。愛してます」


 ハハ、という笑い声につられて、千夜は彼の顔を見上げた。初対面ではないので、昨日よりはいくらか冷静だ。店員の容貌を観察した千夜は、彼が印象以上に年若いのではないかと察した。


「昨日、学校帰りにも寄ったんです。まだ夕方前なのに閉店してて、驚きました」

「ああ。そうだね。昼過ぎには全て売り切れたから。早めに閉めたんだ」

「そういうものなんですか」

「うん。うちはそういうスタイル」


 店員の話し口調が、突然くだけたものに変化していた。しかし千夜はさほど違和感を感じない。店員も表情が柔らかいので、きっとこの方が話しやすいのだろう。


「昨日も思ったけど、開店も早いですよね」

「そりゃ、ここを通る大体の時間を分析して……」

「え?」

「いや。混雑せずつ客足が途絶えなさそうな時間帯を狙うと、この時間になるんだよ」

「へー。そうなんだ」

「ねえ、名前聞いていいかな」


 何となく陳列台へと移動していた千夜の視線が、再び店員へと戻ってくる。


「ほら、特別な最初のお客様だから。知っておきたいな」

「佐藤千夜です」

「サトウ・チヨ……甘そうな名前だね」

「私のチョコ愛を知ってる人は、よくネタにしてからかってきますよ。『千夜子チヨコなら、もっと良かったのにね』って」

「ぷっ。そっか」


 思わず吹き出した彼の相好は、少年のようだった。


「店員さんのお名前は? 聞いていいですか」


 千夜の質問に、彼はほんの一瞬目を見開いたようだ。すぐに元に戻ったが。


「もちろん」


 ニヤリという表現が当てはまる。そんな笑みを口元に浮かべて、彼は一歩千夜へ近づいた。


ぎん。銀河の銀だよ。改めましてよろしくね、特別なお客様……千夜ちゃん」

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