第18話 天然+天然=配信トラブル
「おいおいおい、嬉しいんだけどちょっとその雰囲気はまずいぞ!」
シルバー・サムライこと天童子菜々華は、相変わらず朗らか満点スマイルでこっちに手を振っていた。何人かの門下生を引き連れていて、その中には武井もいる。
恐らくだけど、この前の一件以降門下生の方で警戒をしているんだろうな。
ちなみに菜々華は、着物を模した白いダンジョン探索用コスチュームが銀髪に映えている。普段ならかわいい、って思うだけで済むんだけど、今は状況が悪い。
なんせ俺と彼女は、本来知り合いでも何でもないという前提で会うのだから。
『黒鋼、もういっそ開き直った方がいいと思うが?』
「いーや、開き直ったやつがとんでもない目に遭うのはネット界隈の常識だ! ライド、これから俺が話すから音声変換機能をオンにしてくれ!」
ピロン、と音が鳴って、モニターに『音声変換:ON』の文字が表示される。
『いざとなったら僕が最適な返答に導くから、合図をしてくれ』
「その機能を使うほどのトラブルにならないといいがな……よし、話すぞ」
大きく仮面の中で深呼吸をすると、とうとうシルバー・サムライが俺の前に着いた。
「ごめんね、く……RKくん! 待たせちゃったかな?」
『おおぉいっ!?』
天然か。天然だったわ。
事前の打ち合わせを完全無視で、もう知り合いなの大前提で話してるじゃねえか。
ここで俺の名前をもろに出さなかっただけまだましか。菜々華の性格を考えると、俺を黒鋼くんと呼んだって何らおかしくなかったわけだし。
『どうする、黒鋼?』
「どうもこうも、こうなりゃほどほどに開き直った方がいいな」
ライドへの忠告をいったん忘れて、俺の方から菜々華に声をかけた。
「……いいや、今来たところだ。今日は探索者への警告も兼ねて、シルバー・サムライのサプライズ配信に参加させてもらった。よろしく頼む」
「あれ? そんなしゃべり方だったっけ?」
「設定作ってきたんだから言わないでぇーっ!」
どうすりゃいいんだ。首を傾げてる菜々華は、マジで俺との設定をど忘れしてるぞ。
ここはなるべく菜々華にしゃべらせないようにしつつ、話を進めていこう。
「……少し格好をつけさせてもらった。改めて、俺はRKだ。普段はダンジョン探索をしているが、探索者間のトラブル解決や危険な事件の対処も依頼があれば行っていく予定だから、何かあったら遠慮なく相談してくれ」
要するに、ダンジョン内での何でも屋だ。
こういう立ち位置の探索者はあまりいない。自分のことでいっぱいいっぱいの連中が多いからだけど、命がけの環境で人様の面倒なんて見られないってわけだ。
一方で俺の場合はライドもいるおかげで、それなりに自由な時間がある。
だから配信や機材整備を自分にまかせて、これから来る予定の人助けに努めれば、それだけでチャンネル登録者が増えるだろうってのがライドの意見だ。
「ひとまずこんな感じだな。ライド、菜々華の配信ページを開いて反応を見てくれ」
『もう開いているぞ』
モニターの端に映る画面には、菜々華から見た俺がいる。
ついでにコメント欄も、爆速で文字がスクロールしていってる。
“人助けとは珍しいな”
“自分のところで配信しろ”
“あれだけ強かったら、代わりにモンスター討伐してほしいわ”
“設定作ってきてるのかわいい”
お、反応は悪くない。ついでに俺達の関係に関するコメントはさっと流れてってる。
あとは話題を畳みかければ、これ以上追及される心配はないはずだな。
「以前の縁で、今回限りシルバー・サムライの配信に特別に出演させてもらった。機材が揃えば、今後は自分のチャンネルで探索の配信をする予定だ」
よし、しっかりと自分のチャンネルもアピールできたぞ。
“そっちも楽しみだわ”
“シルサムを助けた時のお礼か、変な関係じゃないんだな”
“彼氏なんているわけないだろ頃すぞ”
ちょっと過激な視聴者もいるが、とりあえずうまくいった。
これで俺と彼女はただの配信者同士。以上でも以下でもないってわけだ――。
「えぇ~っ! せっかく仲良くなったのに、今回だけなんてやだよ~っ!」
「キェーッ!」
もう勘弁してくれ。
菜々華のウルトラ天然ムーブで、これまで積み上げてきた全部がパーになると思うと、俺が奇声を上げてぐるぐると宙を舞いつつ地面に倒れ込むのも無理はないだろ。
何かおかしいことを言ったのかな、と言いたげな菜々華の後ろでは、とんでもない顔で門下生達が睨んでる。俺を殺すつもりだ、って宣言されても疑わないレベルの顔だ。
“仲が良いってなんだ?”
“もしかしてリアルで会ってんの?”
コメントが爆速で盛り上がっていくのを見て、仮面の裏で滝のような汗を流す俺の前で、菜々華はなんだか嬉しそうに話を続ける。
「えっとですね、今日RKさんと一緒に皆さんに教えていくのは、危険な探索者に遭遇した時の対処法です! 近頃多くなってるみたいで、被害報告も増える一方ですので……」
彼女は俺の手をぎゅっと握り、もう片方の手でぐっと拳を握り締めた。
「そこで、ダンジョン戦闘のスペシャリストであるRKさんとの模擬戦闘を経て、皆さんに対処法を教えていこうと思います! よろしくお願いしますっ!」
手を握らないで。配信中っていうのもだけど、男は簡単に勘違いするから。
“距離近くない?”
“絶対許せねえよ”
やばい、やばい。あまりにも良くない展開だ。
「ライド、どうにかならねえか!?」
『ここまでの事態は想定していない。もう彼女を電撃か何かで昏倒させるほかない』
「できれば他の手段で頼む!」
といっても、もうどうすれば軌道修正できるかが思いつかない。最強スマホですらお手上げなんだから、一般限界配信者にできることなんてあるわけがない。
もういっそ、菜々華にすべてを委ねた方がいいのかなんて思った時だった。
「――もう限界です、姉弟子」
鋭い声が、空間を裂いた。
俺と菜々華をすごい形相で睨んでいるのは、あの武井喜一郎だった。
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