23 恋人

「ごめん、そしたらさっきの、マジごめん。申し訳ない……!」


 手を合わせて謝るけど、やってしまった事実は消えない。


「……え、あ、ああ……そういうお気遣いでしたら、大丈夫です。そういう人はいませんので」


 再起動したセイに言われる。


「ホント? 気、使ってない? 私に気を使ってもビタ一文にもならないよ?」

「いえ、本当にいませんので。……え、あ?! な、ナツキさんの方こそどうなんですか?! その、お付き合いしている方、とか……」

「あ、私は、私も? 大丈夫だよ。恋人とかいないもん」

「そ、そうですか……」


 立ち上がりかけたセイは、それを聞いて、安心したように座り直した。

 まあ、だよね。一歩間違えれば浮気現場だよね。安心する気持ちは分かる。

 レンジが鳴り、私は料理をお盆に乗せながら、


「あ、じゃあさ、私もお返しにさ、ちょっと空気を壊す話しして良い?」

「え、はぁ、ナツキさんが良いんでしたら……」

「じゃあね、言うけどね」


 ローテーブルまで来た私は、料理を並べ直しながら、それを口にした。


「私さ、ここ三年くらい、月に一、二回の頻度で見合いみたいなことしてんのね」

「…………は」

「もーねー疲れるんだよねー。見た目を良くしたほうが良いのは分かるんだけどさ、私そういうの性に合ってないんだよね。だから毎回、可愛いのとかキレイなのとか、そういう格好して、バッチリメイクして、そこでもう疲れるのにさ、……セイ?」


 セイがまた、固まってる。


「……ごめん、空気壊しすぎた?」


 緊張をほぐそうと思ったんだけど。

 そしたら、セイがぎこちなく動き出した。


「……な、ナツキさんは……その、お付き合いしたい、方を、探してらっしゃる……?」

「あ、いやね、これね、親戚に言われてやってるだけなの」


 私は軽く手を振りながら言って、


「そりゃあさ、私だって良い人がいたらなー、とか、思うよ? けどね、その顔合わせ、毎回すっごく疲れるし、一回も良い巡り合わせがないんだよね。そもそも言われてやってるしさぁ、こっちとしてはそういうのいいから! って言いたいんだけど、相手が相手だから、こう、ズルズルとね、続いちゃっててね」


 ……なんか、酔ってるかな。缶二本飲んだだけなんだけどな。


「それを勧めてくるご親戚の方に、その、それを断りにくい理由とかが、あるんですか?」


 セイ、真面目に相手してくれるなぁ。


「んー……そのね、セッティングしてくるのがね、父方の伯母なんだけどさ、基本良い人なんだけどねー、ちょっと強引なとこがあるというか、少し価値観が古いというか。女の幸せは結婚! 家庭! みたいなとこがあってね……それとねぇ、基本良い人だって言ったじゃん? 入学資金とかさ、車の免許取る時の支援とかしてくれてさ。あんまり強く言えないんだよね」


 あー、セイが難しそうな顔してるー。


「それとね、父方のって言ったけどね、そっちは伯母さんと父さんしか姉弟がいないんだよね。で、伯母さんね、……子供を早くに失くしちゃってね。そういう背景も考えてしまいましてね……で、本人からは早く良い人見つけろってね、そういう話ですよ」


 私は話し終えると、肉じゃがを口いっぱいに入れて、もぐもぐする。


「……けど、ナツキさんは、お見合いをあまりしたくないんですよね……?」

「ん」


 私は首を縦に振る。そして飲み込んで、


「でもさ、うまい言い訳が思いつかないんだよね」


 セイよ、そんな真剣な顔しなくていいんだよ?


「ただの愚痴だよ。右から左に流していいよ」

「……いえ……ナツキさんが良ければ、ですが」


 セイは顎に手を当て、少し下を見てから、


「お力に、なれないかな、と」


 顔を上げた。


「力?」

「ええ。…………その、具体的に言いますと、フリで良ければ、恋人役、やりましょうか?」


 ……なんて?


「えっと、なんだろう、え? どゆこと?」

「いえ、仕事関係の人や友人がたには、こういったことって、頼りにくいのでは、と、思いまして」

「……その通りではあるけど」

「なら、会って日が浅い僕なら、逆にお力になれるのでは、と」

「……いや、いやいやいや」


 私は器と箸を置いて、腕を組んでセイを見る。


「……ありがたい申し出だけどさ。セイにはなんの得にもならないよ?」

「いえ、損得……いえ、そうではなくてですね。ここまでしてくださるナツキさんへの、なんと言いますか……恩返し、みたいな……」

「君は人が良すぎないかね」

「いや……いえ、ナツキさんがそう仰るなら、この話はなかったことに──」

「いや、だからさ、私はいいんだよ。助かるんだよ」


 そう言ったら、苦笑してたセイが驚いた顔になった。


「セイがそう言ってくれるならさ、恋人できたから見合いは無しねって言えるし。どんな人って聞かれても、セイの写真とか見せれば、伯母さん引いてくれるだろうしさ。私には良いことしかないんだよ。けど、セイはどうなのさ?」

「僕ですか?」

「そうだよ。面倒くさい役回りだと思うよ、コレ。まあ、大前提として、セイに気になる人ができた瞬間に、ちゃんとこれは解消するつもりだけどさ」

「それなら大丈夫ですよ」


 爽やかに笑って言うな。……君、ピュアだから分かってないんだろうけど、これ、相当なことよ?


『にぃ』


 どうするか、と考えていたら、いつの間に起きたのか、ミケたちがソファから下りてきた。そして私の膝に前足を乗せて、にぃにぃみゃあみゃあとなにか言ってくる。


「……セイ。ミケたちがなんて言ってるか分かる?」


 セイへ、聞きながら顔を向ければ、


「……えっと……ですね……ずっと困っていたんだから提案された通りに頼ればいいと……仰ってます……」


 すっごく困った顔をして、しかもその顔を赤くして、セイは答えた。

 いや、他にもなにか言ってるよね? 絶対。


「んでもそっかー。四対一かー。なら私の負けだなー」

「え?」

「セイ」

「は、はい」

「それなら、恋人のフリ、お願いします。ま、たぶんちょっとの間だけだろうし、嫌になったらすぐ嫌って言っていいからね」

「分かりました。こちらこそよろしくお願いします」



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