9 深読み
その翌日。今日は出勤日だ。そして今は午前の十時過ぎ。私はデスクから抜け、コーヒーを飲もうとサーバーのある給湯室へ向かった。
昨日、あの後。要するに、セイがあんなことを言ったあと。
『……え?』
私の脳みそは一瞬、思考を停止したらしかった。
『……駄目、ですかね……』
そんな私に、捨てられた子犬か子猫のような眼差しで、そう言ってくるセイ。やめろ、そういうのは私に効く……!
じゃなくて、落ち着け、と心の中で深呼吸した。
『……えっと、別に、いい、けど』
『本当ですか?!』
庇護欲を誘ってくる表情が、一瞬にして、とっても嬉しそうなものへと変わる。
『うん、でも、その、……いや、いいや』
言いかけて、止める。
『なにか……?』
『いや、ううん。なんでもない』
怪訝そうな顔になったセイに、曖昧に笑って、手を振る。
……これまでも、酔い潰れた人を介抱したことは何度もある。けど、大抵、ご迷惑を、いえいえ、なんて。そんな感じで終わって、さよならだ。そこから関係を構築したことはほとんどない。
だから。
セイの、その言葉の裏を、読んでしまいそうになる。けど、そういうのは私は苦手だ。
だから、深く考えないようにしよう。もしも、があったら、その時はその時だ。
『じゃ、連絡先交換しようか?』
そうも思いながら、自分からラインを開いてしまって、読み取り画面を見せるように、スマホを差し出してしまった。……まあ、その、つい、クセで。
『え、あ、はい』
で、ラインを交換して、お昼を再開して、食べ終わって。
玄関先にて。
『……昨日今日と、本当にお世話になりました。このお礼は、またの機会に』
『いいよいいよ。結局また食器洗ってもらっちゃったし』
『いえ、させてください。ぜひ』
セイの強い眼差しに、首を横には振れなくて。
『……よし、それはまた今度の話ね。それじゃ、時間も時間だから』
『そうですね。では、また』
『うん、じゃあ、元気でね』
手を振って、ドアを閉めて。
『……さあ、仕事仕事!』
と、気持ちを入れ替え、午後一の会議に臨んだのだ。
「……」
そして、早速というかなんというか、昨夜、セイから連絡があった。
今度の日曜、空いてますか? と。
空いてないんだよね、これが。とっても面倒な用事のせいで。
と、直球には伝えず、『ごめん。その日、用事があるんだよ。次の週なら空いてるけど』と返信したら。
なら、その、次の週に会えませんか? と。お礼をさせてください。だってさ。
いいよ、とは返事したけど。
「……」
頭がどうも、ゴチャついている。
冷静になれ、私。セイとはただの知り合い……知り合いだよな? それになっただけだ。それ以上でも以下でもない。
でも恋愛詐欺師の手口とか調べちゃったけど。
変じゃないよね? 私、別におかしくないよね?
あんなイケメンに懐かれる理由がさっぱりなせいで、疑心暗鬼に陥ってしまう。
そりゃあ、『魔法使いだった』っていう秘密は知ったよ? でも、言ってしまえばそれだけだ。セイは魔法を見せてくれたし、幽霊が見えるという共通点──私の秘密のうちの一つ──も見つけたし、ここまではとても誠実な人柄だと思わせてくれるけど。
だけど、さ。ねぇ?
「あ、お疲れ様です、先輩」
「おお、お疲れ様、ユイちゃん」
給湯室でそのままコーヒーを飲んでいたら、後輩である茜沢ユイちゃんが入ってきた。
ユイちゃんは、ふわふわで明るい茶色のロングヘアと可愛らしい顔立ちが目を引く、だけでなく、とても有能な後輩である。
「ユイちゃんも休憩?」
「はい。……先輩、なんだか難しいカオしてましたけど、なにかありました?」
「え、顔に出てた?」
「出てました。……何か、悩み事ですか?」
ユイちゃんはサーバーからカフェオレを選びながら、心配そうな顔をして、そう言ってくれる。
「……いや、言うほど大したことじゃないから。大丈夫だよ、多分」
と、言えば、ユイちゃんは少し怒ったような顔になって。
「……先輩。私、まだ先輩に、あの時のことのちゃんとしたお礼が出来てません。何か悩みがあるなら話して欲しいです。私、先輩のお役に立ちたいんです」
ズイ、と顔を近付けてくる。
「いや、あのことはちゃんと決着ついたじゃない。ユイちゃんが無事で良かったよ」
「……ですけど……」
ユイちゃんは顔を曇らせる。
私が言った『あのこと』とは、ユイちゃんのストーカーを、期せずして私がとっ捕まえてしまえた時の話だ。
一週間くらい前のこと。
ユイちゃんと一緒に駅まで帰っていたら、自称彼氏を名乗る方が突然現れ、夜だったためか私がパンツスーツだったからか、その人は私を男と間違え激高してユイちゃんに掴みかかろうとしたので、私はソイツを締め上げて警察に突き出した。
あとからユイちゃんに話を聞くと、ソイツは一年も前からユイちゃんに付きまとっていたストーカーで、ユイちゃんは警察に相談したり、住む家を変えたりと、色々と苦労していたらしい。
そして、それからというもの、ユイちゃんは私に恩を感じてか、今まで以上に懐いてくれるようになったのだ。
「先輩、ご親戚のことで困ってるとか言ってたじゃないですか。それについてですか?」
「あー……それね。……うん、それ……も、解決は、してないね……」
「も?」
「いや、なんでもないよ」
笑いかけるが、ユイちゃんは納得がいかないらしい。
「なにか、お力になれませんか?」
「うーん……これはねぇ……ちょっと難しいかなぁ……。気持ちだけ貰っとくよ。ありがとう」
そんな風に言ったら、ユイちゃんは不満そうな顔をしながらも、
「……分かりました。……何かあったら、言ってくださいね。今度は私が先輩を助けますから」
そう言ってくれた。
「おお、頼もしいね。その時が来たら頼らせてもらうよ」
「はい!」
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