8 機会

「うん、じゃ、見てて」

「……はい……」


 セイと場所を変わると、私はラップを軽く戻し、ご飯を両手で掴んで、


「えっ、熱くないですか」

「慣れてるから」


 ぐにっ、と握って二つに分ける。そしてそのままラップごとご飯を持って、用意してあった、塩を振ったラップの上に、それぞれご飯を落としていく。


「で、こうする」


 冷凍ご飯を包んでいたラップの上から、手を使ってご飯を少し平らに広げ、真ん中にちょっと凹みを作る。これで、冷凍ご飯を包んでいたラップは用済み。なので、生ゴミ用の袋にぽい。


「このご飯の上に、梅とたらこを乗っけて、ラップで包んで、一回広げて塩振って、もう一回ラップで包んで形を整えて」


 私は切ってある海苔を指差し、


「ラップを外して海苔を巻けば、おにぎりの完成です」

「おぉ……」

「出来そう?」

「……やってみます」

「うん、やろうやろう」


 私は梅とたらこをそれぞれのご飯の真ん中に埋め込み、自分に近い、たらこのご飯のラップの端をつまむ。


「じゃ、一回見てて」

「はい」


 ラップの四つ角を合わせ、巾着絞りの要領でたらこをご飯で包む。一回広げて、塩を振る。そしてラップでふわりと包んで、三角握り。


「こんな感じ」


 ラップを広げれば、そこには綺麗に三角になったたらこのおにぎり。

 うん、形もいいね。


「出来そ?」

「……た、ぶん……」


 不安そうな顔と、少し迷いのある手付きをしながらも、セイは私のやった通りの動きをする。そして、少し歪だけど三角のおにぎりが出来た。


「出来たじゃん」

「なんとか……でも、ナツキさんには遠く及ばないです……」

「そんなことないって。さ、じゃあ仕上げ。海苔を巻こう」

「はい」


 二人でおにぎりに乗りを巻いて、出しておいた皿に乗せれば、完成だ。


「じゃあそれ、テーブルに持ってってね。私は自分の出すから」

「はい。分かりました」


 セイが皿を持ってテーブルへ行く間に、私は冷蔵庫から昨日のうちに用意しておいたおにぎりを出し、レンジでチンして、


「あ、セイ。飲み物どうする? 私、インスタントの緑茶を飲もうかと思ってたんだけど」

「では、僕もそれでお願いします」

「りょーかい」


 私は朝のマグカップに、セイには棚から出した湯呑に、それぞれ緑茶のティーバッグを入れ、電気ポットからお湯を淹れる。

 そうしているうちに、レンジが音楽を鳴らした。


「お、終わった」


 おにぎりからラップを外して温まり具合を確かめれば、ちょうど温かくて良い感じ。で、そのおにぎりに海苔を巻いて皿に乗せ、その皿とマグカップと湯呑と小皿をお盆に乗せて、セイが待つ、テーブルへ。


「はい、おまちどおさま。あ、お茶はもう少し経ったら、ティーバッグ抜いてこの小皿に置いてね」


 言いながら、ものを並べていく。


「……んー、こう見ると、タンパク質と野菜が足りない?」


 改めてテーブルを見て、思ったことを口にする。私は朝はそれなりにきっちりする派だけど、昼はそんなに気にしない派だ。


「セイ、なんか追加で食べる?」

「いえ、これで十分です。というか、僕は作りたてなのにナツキさんは作り置きになってしまうのが、どうにも、すみません」

「いいよいいよ、別にそんなの。作りたてって言っても冷凍ごはんだし」


 手を振って、お盆をキッチン側に置いて、椅子に座る。


「じゃ、いただきます」

「いただきます」


 まずは、マグカップからティーバッグを抜いて、緑茶を一口。あー、あったかいわー。


「ナツキさんのおにぎりの具も、梅とたらこなんですか?」

「ん、私のは両方梅。私、おにぎりは梅が好きなんだよね。次いで鮭」

「ああ、鮭にぎりも美味しいですよね。僕は……、……えっと、……」


 その水色の目がウロウロと、左右上下を彷徨って。


「どんなのが好きだったか、ちょっと、思い出せません……」

「……苦労してきたんだねぇ、セイ」

「いえ、苦労というか、……苦労、なんですかね」

「食べ物に興味が湧かなくなってくるのは、結構な一大事だよ。それだけ心も体も疲れてるってことだよ。……仕事、大変?」

「いえ、仕事は、……大変、というほど、では、ない、です……けど」


 その顔がうつむく。


「……僕、昨日、悩みがあるって言いましたよね」

「うん。それが『魔法使いだってことを隠してる』ってことだったんでしょ?」

「ええ、その通りです。隠して、嘘をついて。誰にも言わないでここまで生きて来ました」


 うつむいたまま、セイは言葉を続ける。


「師匠に言われていたんです。魔法が使えることは秘密にしろと。生きるための手段だけれど、これは魔法ではないと周りには言え、と」


 それが自分を守るのだと、言われました。

 静かに、けれど苦しそうに言うセイに、私はなんと声をかければいいのか、分からなかった。


「……けど」


 うつむいていた顔を上げ、セイは私へと目を向ける。


「あなたに、それを話せた。話してしまえた。……とても、気が楽になりました。ずっと背負い込んでいた重荷を、やっと下ろせたような。……ありがとうございます」


 そう言って、セイは微笑んだ。目を奪われるほど綺麗な微笑みだった。


「……」


 私はゆっくりおにぎりから手を離し、マグカップを持つ。そして、咽ないように一口飲む。

 ああ、体があったまる。心が落ち着く。


「……どういたしまして、でいいのかな」


 なるべく普通の表情になるよう心がけて、セイに言った。


「はい」

「お師匠さんには怒られない? 私に話したこと」

「……知ったら、怒っただろうと思います。けど、最後には許してくれたとも、思いますから」


 セイはまた、笑顔を向けた。


「……」


 その、言い方から、察するに。セイのお師匠さんは──


「……そう」


 何がどうあれ、私はこの目の前の青年──五百いってるらしいから、青年と言っていいか悩むところだけど──の悩みを、解消することに貢献できたらしい。

 私は良いことをしたんだ。それは確か。

 ……うん、そう思おう。それ以上は考えないようにしよう。


「……それで、ナツキさん」

「うん?」


 もう一度おにぎりに手を伸ばしかけ、その声に動きを止める。


「……その、ナツキさんが良ければなんですが……」


 セイは少し赤く染まった頬をかき、


「……またこれからも、お会いする機会を頂いても、良いですか?」


 上目遣いで、そんなことを言った。



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