遠い日の記憶

ミクタギ

底なし沼

この歳まで誰かを信じたことなどない。


出会いは、やがて来る別れの序章に


過ぎないと思っていた。


人に深入りせず上澄みだけを掬う人生は、


ある意味潔いとさえ感じていた。


そんな私が人間に目を向けた切欠は、


母が残した壮絶な日記。


不本意な私との別離を知ってから。


◆ ◆ ◆


母の面影は一切ない。


私が幼い時にある日突然、


姿を消したらしい。


その日を境に父は私の周りから


母の痕跡を消し去った。


最初から存在しなかったように。


そして私と父の地獄のような


生活が始まった。 小学校に入り初めて


幼稚園の存在を知った。


” どこの幼稚園だったの? ” 


最初は何の事かと思った。


普通みんなは行くらしい。


歌を歌ったりお遊戯をしたり、


集団生活に慣れるための


練習のようなもの。


しかし私はその頃、


父の繰り返す暴力から


自分の身を守るのが精一杯。


誰も助けてくれる人はいない。


日々有り付く食事を如何に確保するか?


それが私にとっての学習であった。


社会という地獄絵図の中を


幼子がどう生き抜くか?


6歳にして既にその瞳は澱み切っていた。 それでもよく小学校に


通わせてくれたと思ったが、


それも父の狡猾な手口だった。


虐待の通報を避けるため、


必要最低限のことはする。


いざとなれば泣き落としも辞さない。


もう逃げ場はないと思っていた。


底なし沼に引き込まれるように。


全て、何もかも諦めて


私は12歳になっていた。


私の人生を変えた忘れられぬ、


あの時が訪れる。



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