85+【僕は私のSecond_LIFE】
こーの新
やり直しのはじまり編
第1話 85歳の誕生日
私の85歳の誕生日会を開いてくれると言って、一人息子の
いつも旦那の
「おばあちゃん、これは俺からのプレゼントだよ」
そう言って大晴が机の上に置いた箱を開けると、中から大きなチョコレートケーキが現れた。キラキラと輝くケーキの上にもチョコレートでできた装飾が飾られて、豪華なデザインになっている。
「まあ!」
「俺が作ったんだ。おばあちゃんの好きな濃厚なやつだよ」
「ありがとうねぇ。大晴、頑張っているんだね。とっても嬉しいよ」
「おばあちゃん、うずうずしてるの顔に出すぎ! 大晴、切り分けてあげて」
「うん」
美雨には笑われてしまったけれど、大好きなチョコレートケーキを大晴が作ってくれたんだ。嬉しくないわけがない。それに、パティシエとして働く大晴が私のために作ってくれた事実がなによりも嬉しい。
大晴が断面まで綺麗なまま切り分けてくれたケーキが全員の手元に配られると、私だけではなくみんなの顔が綻ぶ。大晴は昔からお菓子作りが得意だったけれど、専門学校に入学したり、修行のために渡仏したり。今は師匠のお店で修業をしながら働いている。
「ありがとう。いただきます」
美雨が渡してくれたフォークで三角形に切り取られた先端を掬って1口食べる。
「美味し」
「良かった!」
なめらかな口触りで濃厚な味わい。あっさりとした後味はどんどん手を伸ばしたくなるし、歳をとって胸やけがしやすい私にも優しい。
「どうしましょう。愛良」
「どうしたの?」
「ずっと食べてたい」
「あはははっ」
愛良には笑われてしまったけれど、至って本気だ。
「ありがとう、おばあちゃん。そんなに喜んでくれると嬉しいや」
「大晴、来年の誕生日も予約して良いかしら?」
「喜んで」
照れ臭そうに笑う大晴の頭を撫でていると、今度は美雨がプレゼントの袋を両手に抱えて私の横に来た。
「これは私と太陽からね」
「ありがとう」
袋を開けてみると額縁が入っていて、そこには何やら人らしき絵とお誕生日おめでとうの文字。この絵には見覚えがある。
「この絵は太陽が描いてくれたのかな?」
「うん! おばあちゃん描いた!」
「上手だねぇ。前より上手になったね」
「えへへ!」
ニコニコと笑ってくれた太陽の頭を撫でながら美雨に向き直る。
「美雨も。綺麗な字を書くようになったね。すっかり大人になって」
「これでもお母さんだからね」
照れたように笑う顔は愛良とそっくりだ。可愛くてその頭を撫でていると、急に後ろから肩にブランケットがかけられた。
「美雪?」
「これは私から。この家は冷暖房完備だけど、夏はおじいちゃんに合わせるとおばあちゃんには寒そうだから」
「よく見ているんだね。そうなんだよ。いつも羽織物を着ていないと肌寒くてね。テレビを見ていたりすると動かないから余計に寒いもんだから困ってたんだよ。ありがとう」
ブランケットはふわふわしていて、温かい。子どもたちには伝えていないけれど、最近は寝てばかりいるからこういうのは有難い。
寝てばかり。それはもう体力の限界を示している。今日は楽しくて動けているけれど、いつもは愛良が庭の小さな畑の世話に出ている間は寝て過ごしている。
半年前までは私も畑に行っていたけれどそれが難しくなると、私も愛良も、私の死期を悟った。それ以来、愛良は外との交流を減らして私と一緒にいる時間を増やそうとしてくれている。けれど、それでは私がいなくなったあとに愛良の生きがいが無くなってしまう。だからより頻繁に外に誘ってもらえるようにと愛良の友人には頼んでおいた。
愛良は会社員時代の後輩で、3歳も年下だ。私が先にお迎えが来ると分かってはいたけれど、心苦しさがないわけではない。
「母さん、俺たちからはこれね」
蓮斗に呼ばれて思考の波から呼び戻される。いけないね。みんなが私のために集まってくれているのにしみじみなんてしちゃって。
蓮斗と初音さんから渡されたのは1冊のアルバムだった。私の好きな若草色の表紙。柔らかい手触りが心地よくて撫でていると、隣で蓮斗がソワソワしているのが視界の隅に入った。
「母さん、開けてみて?」
「はいはい」
こういう子どもっぽいところはもうすぐ55歳になるというのに変わらなくて、ついつい笑ってしまう。孫ができても曾孫ができても、我が子はいつまで経っても可愛いものらしい。
表紙を開くと愛良との結婚式の写真が1ページ目に貼られていた。
「この写真、よく持ってたわね」
「昔、父さんが母さんの可愛い写真たくさん見せてくれてね、これがイチオシって言って送り付けてきてたの」
「あらまぁ」
「蓮斗、言うなよ」
「事実だろ」
孫たちにまでからかわれる愛良を見ながら、やっぱり彼はまだ若いと感じる。
「いいだろう、別に。今も昔も愛してるんだから」
こんなことを言ってしまえば、またみんなから冷やかされる。真っ直ぐで優しくて、だけどちょっぴりおバカさんな愛良が私も愛おしい。
みんなが騒いでいる中でページを捲ると、次のページからは蓮斗が幼いころから最近までの写真がオシャレに貼られて、そのときの思い出なんかも書き留められている。
「これは初音さんのデザインだね。ありがとうねぇ」
「はい。でも写真を選ぶのはレンがやってくれましたよ」
「そうだね。蓮斗は昔から写真を撮ったり見たりするのが好きだったからねぇ。初音さんはオシャレなデザインが得意で、2人でこれを作り上げて。初音さん、これからも蓮斗をよろしくね」
初音さんの手を握ってポンポン、と優しく叩く。私がいなくなっても、蓮斗には初音さんがいる。そう思ったら少し気が楽になった。
「じゃあ、最後は俺だな」
向かいの席に座っていた愛良が立ち上がって私の方に来る。けれど、いつもならこういうときは我慢できずにニヤニヤしているはずの顔が、やけに緊張していて懐かしさを感じる。
入社して初めてのプレゼンのとき、会社の屋上で告白してもらえたとき、デートで行った展望台でプロポーズをされたとき、結婚式で愛を誓い合ったとき。あとは蓮斗の名前を発表したときもこんな顔だった。
愛良は大事なとき、いつも表情が固くなる。普段の人懐っこさはどこに行くんだか。
私の前でひざまづいた愛良は、背中に隠し持っていた長くて薄い箱を私の前に差し出す。未だに愛してるとストレートに伝えてくるような人だから、ドキドキさせられるのはいつものこと。だけど、こういうのはまた別。妙に緊張が移ってくる。
「
プロポーズのときにも聞いた、2度目の決意表明。その迷いのない真剣な眼差しは、今も昔も変わらない。
「私も、愛良さんを愛し続けます。生まれ変わっても、私を見つけてください」
私もあの日の言葉を送り返す。どこにもつけて行くことのできない四つ葉のクローバーのチャームが付いたネックレスが胸に付けられて、そっと触れた。
「みんな、ありがとう」
みんなケーキを食べ終わって、私が太陽と休んでいる間にみんなが片付けをしてくれた。太陽を膝に乗せたまま、幸せな気持ちで微睡む。
「くぅおばあちゃん、ねんね?」
「うん、ちょっとねんねしても、いいかな?」
「たいちゃんもねんねする!」
「ふふ、一緒だね」
後ろのキッチンから聞こえるみんなの笑い声をBGMに、太陽の体温と重みを感じながら目を閉じた。
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