壁に耳あり障子にメアリー

半チャーハン

壁に耳あり障子にメアリー

 私の家には、メアリーさんが住んでいる。


 少し古い、私の家の障子を開けると、決まってメアリーさんが足元にちょこんって立ってるんだ。


 最初はびっくりしたけど、メアリーさんは一人っ子の私の話し相手になってくれるし、

しかもフランス人形みたいに小さくて美人で、唇も頬もぷっくりしていて可愛いの。


 いつの間にか、家にいる時間の大半を、メアリーさんとお話して過ごすようになっていた。


 メアリーさんが青い宝石みたいな目を細めて、口元に手を当てて、フフフと上品に笑う姿が私は好きなの。


 今日も、廊下に出るため障子を開けたらメアリーさんが立っていた。私は、彼女のふわふわの金髪を撫でる。


「メアリーさんの髪は、長くて綺麗だね。それにお月様みたいな色をしてる。私もこんな風になれるかなぁ?」


「ワタシも昔は黒い髪の色をしていたのヨ。アナタもきっとなれるワ」


 メアリーさんは、勇気づけるように言ってくれた。メアリーさんは優しいなぁ。


「でもね、ママは、ちょっと髪が伸びてきただけで邪魔だから切りなさいって言うんだよ。私も、メアリーさんみたいに長い髪がほしいよ」


「ワタシは、アナタの髪、好きヨ。懐かし感じがするノ」


「そ、そうかな・・・」


 メアリーさんに褒められて、少し気分が浮き立つ。でも、やっぱり金髪ロングに対する憧れも私の中で消えなくて、曖昧な気持ちのまま返事をした。




 次の日、何やらメアリーさんが深刻そうな顔をしていた。心配になって、どうしたの、と尋ねる。


「ワタシ、この髪の毛に秘密を隠しているノ」


 ゆっくりと口を開いたメアリーさんのサファイアみたいな目を、じっと見つめる。その瞳が、微かに震えていた。


「教えてよ、その秘密。私、メアリーさんの力になりたい!」


 メアリーさんは、一瞬目を伏せた後、ぎゅっと瞼を閉じて髪を持ち上げた。


「・・・・・・っ!」


 喉から出かかった悲鳴を寸前で呑み込む。メアリーさんには、。本来なら耳があったであろう場所が、包帯も巻かれずに血だらけで剥き出しになっていた。


 赤い液体が、メアリーさんの首筋を伝い、水色のドレスに染み込む。


「ねえお願イ」


 メアリーさんが震える手で私のTシャツの裾を掴んだ。


「そこの壁に、ワタシの左耳が隠されているノ。私じゃ手が届かなくて。取ってきてくれないかしラ」


「うん、もちろんだよ。任せて!」


 きっと、スパイ映画で見るような隠し扉があって、そこにメアリーさんの左耳があるのだろう。


 壁のあちこちを触って、どこかが回転しないか、ボタンがないか、など確認していく。


「ねえ、メアリーさん。どこにもないよ」


「そウ、やはりないのネ」


 なぜか、しゃがんでいないのに、メアリーさんの声が耳元で聞こえた。


「じゃア、こうするしかないわネ」


 振り向く間もなく、左耳に鋭い痛みが走った。


「アアアアアアアアアアアアアアアァッ」


 耳が、熱くて痛い。自分のものとは思えない絶叫が響く。畳に倒れた私を、なぜか大きくなったメアリーさんが見下ろした。


 メアリーさんは、私の左耳を顔の横に付けている。恐る恐る顔の左側を触ってみると、そこにあるはずの引っかかりはなく、ツルリとしていた。


「人間って痛みに耐えられない生き物なの」


 メアリーさんは、ため息を吐く。


 左耳が完全にくっつくと、ほっと息を吐いて微笑を浮かべた。


「本当は、貴方に私と同じ苦しみを与えたくはなかった。ずっと我慢するつもりだったけど、やっぱりいつか限界は来る」


 メアリーさんの声を聞いているうち、周囲の音がぼやけていく。意識が途絶える寸前、「ごめんね」という声が聞こえた気がした。


 


 気が付くと、私は何事もなかったかのように直立していた。低い視界に、座卓の足が映る。


 でも、頭の左側はからは血が流れ続けていて、ズキズキと激しい痛みが絶え間なく続いている。


 誰かが痛みを忘れさせてくれたらいいのに。俯くと、ふわふわした金色の髪が視界に映った。


「わオ」


 メアリーさんと同じ、金髪になることができた。しかも、腰まで届くくらい長い。


 とりあえず、ハッピーな気持ちになった。

 





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