第37話 新たな街での可能性

「サビーナさん。前も思いましたが、突然、部屋に入って来ないでくれませんか? 僕はともかく、リゼットがビックリするので」


 サビーナ先生がゆっくりと椅子に座ると、ユベールは間髪入れずに噛みついた。確かに驚いたのは事実だけど、そこまで言わなくてもいいのに、と思ってしまう。


「あら、もう彼氏面? 別に構わないけれど、私が今からする提案を聞いても、同じことが言えるのかしら」

「盗み聞きしていたのに、ですか?」


 サビーナ先生が? 盗み聞き? どうして分かるの?


 そう疑問を抱いた瞬間、サビーナ先生の「彼氏面」という言葉にハッとなった。何せユベールが私を、私がユベールに想いを告げたのは、ついさきほどの出来事だったからだ。


 しかも、提案という言葉が、嫌でも信憑性を高める。


「邪魔しないであげていた、の間違いよ、ユベールくん。逆に感謝してもらいたいわね」

「でしたら、もう少し待ってもらえると有り難かったです」

「何を言っているの。貴方たちは若いんだから、イチャイチャくらい、後でだって十分できるでしょう?」

「さ、サビーナ先生!」


 さすがに黙っていられなくなり、私は声を上げた。これ以上続けば、今度は何を言い出すのか、分かったものではないからだ。


「その、提案というのを先に教えていただけませんか。……早く聞きたいです」

「あらあら、恥ずかしがることはないのに」

「そういう問題ではありません」


 私の精神が持たないのだ。

 それを察してもらえたのか分からないが、サビーナ先生は「残念ねぇ」とクスクス笑いながら本題に入ってくれた。


「さて、まずは転移魔法陣について話したいところだけど、リゼットの言う通り、それは後回しにして、先に重要な話からしましょうか」

「提案と仰られたことですよね。それは何ですか?」

「貴方たちの居住場所よ。折角だから魔術師協会の本部がある、アコルセファムに来ない? そこなら、住む場所から仕事のことまで、色々と世話ができるし、何よりも融通が利くから」

「……確かに、魔術師協会の理事を務めるサビーナさんの後ろ盾があれば、何かと融通が利いていいと思います。けれど僕は……」


 魔力がないから難しい、と私もユベールの言葉に内心、頷いた。

 アコルセファムがどんな街なのかは知らないけれど、魔術師協会の本部があるくらいだ。魔法が中心の街だったら、私も賛成できない。

 下手をしたら、サビーナ先生の顔に泥を塗ってしまうことになるからだ。


「心配は無用よ。魔術師協会の本部がある、といっても、アコルセファムにはユベールくんと同じく、魔力のない者たちもたくさん住んでいるから」

「そうなんですか?」

「えぇ。特に商売をやっている人たちのほとんどは、そう。魔術師たちが欲しい道具や素材を売ったり買い取ったり。基本、魔術師たちはものぐさだから、手近なところで済ませたいのよ。だからなのか、体力のない者たちが多くてね。そういう人たちを頼りに生きているの」

「なるほど……大体のことは分かりましたが、そこで僕にできそうな仕事ってあるんですか?」


 そもそも、私とユベールは十五歳だ。いくらサビーナ先生が後ろ盾についてくれているとはいえ、子どもの私たちと商談してくれるのだろうか。


「勿論。しかも仕事内容は、今までと同じで大丈夫」

「えっ。今までとって、人形の服作りですよ。需要があるんですか?」

「魔術師たちの中でも、人形を媒介に魔法を使う者。研究を行う者がいるの。皆、みすぼらしい恰好ばかりなんだけど。ユベールくんが作った服を見せたら是非に、と言ってくれたの」


 そういえば、とふと、ブディックに行った時のことを思い出した。


『友達がユベールくんの作るドレスが好きでね』


 ブリットという女主人がこう言っていた。


 私の場合は、どこか贔屓目で見てしまうし、何よりユベールが作ってくれたものを嫌いになんかなれない。

 けれど服を専門に扱う店の主人の言うことだ。ユベールにおべっかを使う必要もない。純粋に友人を喜ばせたい気持ちが伝わってくる声音だった。


 だから、サビーナ先生の言葉もまた、嘘ではないのだろう。それがとても嬉しかった。


「顧客は少ないだろうけど、ユベールくん一人で作るのなら、問題ないでしょう。それからリゼットには、私の補佐をしてもらいたいの。勿論、さっき言った転移魔法陣などの魔法の教授も、望むのならいくらでもするわ。どうかしら。悪くない話だと思うんだけど」

「そこまで用意されていて、こう言うのはどうかと思うんですが、お給料は出るのでしょうか。サビーナ先生の補佐、というのも私に務まるのか不安ですし。むしろ、サビーナ先生のところで学びながら、魔術師協会の本部で働かせていただけるように頑張った方がいいと思うんです」


 段階を踏まずに、未知の世界に踏み込むのは怖い。何も知らずにマニフィカ公爵家にやって来た時と、まるで状況が同じだったからだ。

 これではまた、嫌がらせを受けてしまう。そんな気がしたのだ。


「確かに、リゼットには酷なことを言っているかもしれないけれど。魔術師協会の中でも、私は魔女だということを秘密にしているの。でも、協会の中には何人もの魔女が所属している。交代しながら、常にね」

「あぁ、そうか。協力者が必要なんですね」

「そうよ、ユベールくん。当たり。基本、魔術師協会の本部に働く者たちは、推薦状を持ってやって来ているから、リゼットと同年代の子たちもいるわ。結局、魔力量に左右されてしまうから、年齢は関係ないのよ。とはいえ、長くい過ぎるのも怪しまれる。私はもう、あまり年を取らないから、余計にね」


 そう言ってサビーナ先生は苦笑した。現在使っている“サビーナ・エルランジュ”の名も、ギリギリなのだとか。

 だから、私が魔術師協会である程度の地位になれたら引退をして、別の魔女と交代したいのだそうだ。そうして魔女たちは、常に魔術師協会にいるという。

 常に新しい技術と情勢を把握したいがために。


「つまり、サビーナ先生のリミットが近づいているから、私が必要なんですね」

「……えぇ。またリゼットを利用するみたいで、悪いんだけど」

「いえ、お陰で腑に落ちました。どうしてサビーナ先生が私を養女にしたのか、疑問だったんです」


 いくら私を人形にしたからと言っても、その罪悪感でここまでしてくれるだろうか。

 この時代で孤児となってしまった私にとって、サビーナ先生がしてくれたことは、幸運以外の何物でもない。


 常に私を温かく見守ってくれていた人が、母親になってくれたのだから。

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