第25話 苦悩と焦燥(ユベール視点)

 作業台の上に乗せた、二つの荷物を交互に見る。一つはブリットさんから受け取った荷物。もう一つはシビルからの、だ。


「どっちから手をつけるか」


 それが悩ましいところだった。ブリットさんからの注文を先にやるのはいい。が、本音としてはシビルの依頼を先にやってしまいたかった。


 理由は簡単だ。さっさとその品物を渡して縁を切りたい。ただそれだけだった。


 そもそもシビルとは、ラシンナ商会へ荷物を届け、さらに注文を取ってくる、というお使いをしていた時に出入りしていた店の一つだった。

 行く度に、小物入れが壊れたと泣いていたシビル。年は僕と変わらないのに、幼くて。感情の制御ができないのか、店で働く従業員さんの手さえ煩わせていた。


 けれど、失ったものへの悲しみは理解できたから、僕はシビルの小物入れを直した。

 そうすればシビルの機嫌も良くなるし、従業員さんやご主人、女将さんの印象も良くなる。汚い、と思われるかもしれないが、打算的な想いが含んでいた。


 実際、それが功を奏したのか、ブリットさんのお店を紹介してもらい、今の仕事にありつけたんだけど……まさか、余計なオマケがついてくるとは、その時は思わなかった。


「ユベール……」


 ふと、リゼットに呼ばれたような気がした。その寂しそうな声に、思わず体が反応する。けれど、今は……。


「八つ当たりしそうで……怖い……」


 そんな自分を想像しただけで、自己嫌悪におちいった。

 お祖父様のせいで嫌な思いをして、裏切られて……。僕にまで同じ扱いを受けたら、リゼットはどうなるんだろうか。


 離れて行くよな。僕のことなんか嫌いになって。……お祖父様ほど一緒にいないから、簡単に。そう、サビーナさんのところへ。


 そうなったら僕はまた、一人になる。そうならない、手っ取り早い方法はある、けど……。僕は、弱者に寄り添えない人間とは、一緒になりたくなかった。


 今は僕が欲しくて、シビルは媚びているけど、手に入れればすぐに豹変するに決まっている。僕を孤児だと罵り、自分に服中させる。


 シビルの他にも、そうやって近づいてきた人間がいたからだ。それこそ、性別や年齢など関係ない人間たちが……。


 サビーナさんに相談したら「そういう時こそ、私が渡した物か、それを売ってできた物をチラつかせればいいのよ。所詮、人間はお金が大好きなんだから」といいアドバイスをくれた。

 シビルには逆効果だったけど……。


 バタン!


「玄関? いや、音のした方向からすると、窓の方か」


 僕は立ち上がり、一番近い窓を覗き込む。音がした窓とは違うが、方角は一緒だった。だから見えてしまったのだ。リゼットが草むらに飛び込んだのを……!


「何で!?」


 いや、僕が答えなかったからだ。リゼットが呼んでいるのに……僕は……。だから愛想を尽かして……。


「ダメだ!」


 今のリゼットは人形なんだ。何かの拍子で魔石が外れて、ただの人形になったら、どんな目に遭うか。


 サビーナさんを頼ったって、何処にいるのか知らない様子だったし。だったら、サビーナさんが来るまでは僕のところにいた方がいいって、説得すれば……リゼットの気も変わるかもしれない。


 今すぐ出ていかなくてもいいって……そうすればまだ一緒にいられる……!


「うん。そうだ。そうしよう。リゼットを止めるんだ」


 今ならまだ間に合う。急がないと。


 僕は玄関に向かって行った。途端、今度は見知った声が聞こえてきた。


「誰!」


 そう、シビルの声だ。何で?


「誰なの!」


 まさかリゼットに?


 瞬時に思いついたのは、リゼットの顔だった。まさかシビルに見つかったとか。

 考えただけでもゾッとした。ブリットさんでさえ、人形のリゼットを買い取りたいとか言ってきたほどだ。シビルも……!


 そしたら今度こそ、リゼットを取られてしまうかもしれない。シビルはままおんなだから、僕の言葉なんて聞かないだろうし。


 意識を逸らして、リゼットを助けるんだ。


「シビル! そこで何をやっているんだ!」

「ゆ、ユベール!」


 玄関を開けると、案の定、シビルがそこにいた。

 僕の家は草木に囲まれているお陰で、シビルのような赤毛は目立つ。水色のワンピースを着ていても、高く結った長い赤毛はシビルの性格に似て、自己主張が強かった。


 さらにその手に握られている松明の炎が、より一層、彼女の歪んだ性格を表しているかのようにも見える。だから僕も、そこから導き出した答えを、静かに告げた。


「僕を殺す気なのか」


 シビルは一瞬だけ、驚いた表情をした。が、そこで終わってくれれば、どれほど良かったことか。

 けれど彼女の目は次第に据わっていき、さらに口角を上げ、気がつくと不気味なくらい笑っていた。

 まるで揺れる松明の炎が見せている幻のように、シビルの顔は歪んで見えたのだ。

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