第18話 落涙

 話を聞けば聞くほど、ヴィクトル様の手紙の内容に真実味が増してくる。

 本当に私はヴィクトル様に愛されていた。私もまた……。けれどもう、ヴィクトル様はいない。


「リゼット?」


 俯く私を心配したのか、ユベールの手が緩む。と同時に、声をかけられた。とても優しい声音で。

 けれど私にはそれを受ける資格はない。


 ユベールのお父様、並びにご兄弟に多大な迷惑をかけたというのに。お祖母様に至っては、言葉では言い尽くせない程。


「確かに没落した原因はリゼットにあったんだと思う。でも、お祖父様が家を取り仕切らなくても、お祖母様や父さんたちだけでやっていけたんだ。だけど……」

「分かります。私も役立たずだと言われていた身ですから、お祖母様の心労がどれほどのものだったか」


 婚約破棄をされて、やっぱり、と思っても辛かった。

 使用人たちの戯言だと、気丈に振る舞っていても、事実を突きつけられた瞬間、呆気なく決壊してしまったからだ。必死に作った心の防波堤が、感情の波に押しつぶされて、制御できなくなっていた。


 恐らく、使用人たちはきっと、私にしていたように、ユベールのお祖母様にも同じことをしていたのだろう。新たな獲物が、もしくは邪魔者が来たと思ったに違いない。


 人の感情はすぐに変わるものではないから。私がまだ、ヴィクトル様を想っているように。


「うん。だから父さんたちは、お祖母様のためにその根源を失くしたんだ。代償も大きかったけど、悔いはないって」

「でもその代わり、マニフィカ公爵様の遺言に従う者は誰もいなかったの」

「当然です。むしろ、恨んでいたと思います。私を捨てた、奥方様と同じように」


 私は婚約者という立場だったけれど、ユベールのお祖母様は違う。

 力のある魔術師としての誇りを胸にして嫁いで来たはずだ。それなのに、待っていたのは、形ばかりに妻。後継者を生むだけの存在。


 もしかしたら、私以上に辛い思いをされたことだろう。今の私が人間の姿をしていたらきっと、泣いていたかもしれない。

 あの頃とはもう違うから、きっと。


「リゼット、ありがとう。父さんやお祖母様の気持ちに寄り添ってくれて」

「お礼を言わないでください」

「それでも、その涙は父さんたちのためのものだろう?」

「なみ、だ?」


 今の私は人形なのに?


 私は瞼を閉じ、目元に手を伸ばした。が、触れようとした瞬間、頬を温かいものが流れた。


「え? どうして?」

「恐らく、貴女の魔力が魔石に定着した結果ね。直に食事も摂れるようになると思うわ」

「人形の体なのに、ですか?」

「元々、ほとぼりが冷めたら、貴女を人間に戻す予定だったの。でも、マニフィカ公爵様は貴女を離さないし、奥様と冷え切っている状態で近づいて、誤解を招くのも困って、できなかったのよ」


 サビーナ先生はさらに、人間に戻るためには時間を有し。小まめに様子を見る必要があることを告げた。


「貴女が人形になった後も、しばらく様子を見るためにマニフィカ公爵様と会っていたら、余計な噂が立ってしまったしね」

「私を追い出して、サビーナ先生が婚約者の座に座ろうとしている、とかですか?」

「あら、よく分かったわね」

「散々、私を攻撃してきた人たちですから、容易に想像がつきます。ヴィクトル様の愛人の座を狙っていた使用人が何人かいましたので」

「……マニフィカ公爵様が一途な方だと知らないのね。人形になったリゼットを連れて行った時、『これでようやくリゼットを守れる』と言った方なのよ」


 守れる? ヴィクトル様は何も分かっていらっしゃらない。私のことも、ユベールのお祖母様のことも。

 一番必要な時に守れなければ、何の意味も持たないことを……!


「……不器用な方だったんだね、お祖父様という人は」

「はい。ユベールの言う通り、不器用で……優しい人でした」

「その優しさをお祖母様にも向けてほしかったかな。少しでもいいから」

「そうですね」


 ユベールの言っていることは正しいのに、胸がズキンと痛んだ。これもまた、魔石に魔力が定着した結果なのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る