第5話 魔寄せの娘、手紙を送りつけられる
『お前と世界を半分こしたい。二人で世界を手中に収めよう』
それは、魔王ナハトからの手紙であった。
その手紙を握りしめ、わなわなと怒りで手が震えるソフィア。
彼女はそのまま力が入って手紙をクシャッと握りつぶしてしまい、テーブルにそれを投げ出した。
そして、宿屋のベッドにうつ伏せになって何も考えたくないほどに苦悩していたのであった。
これまでのあらすじ。
遠路はるばる王都へとやってきたソフィアは、フィロという男と知り合い、彼の率いているパーティーの仲間に迎え入れられた。
そこで「魔寄せの力」を使い、クエストで弱い魔物を呼び寄せて戦闘訓練をしていたフィロのパーティー。
しかし、そこへ予想外の事態が発生。巨大なドラゴンに乗って、伝説の魔王ナハトがソフィアのもとにやってきたのだ。
ソフィアを連れ去ろうと手を差し伸べるナハトだったが、そこへフィロがソフィアをかばってナハトに戦いを挑む。
だが、魔王の力は強大なものであった。ナハトの繰り出した魔法で、フィロは全身に大火傷を負ってしまう。
なんとか魔王を退けたソフィアは、フィロを引きずって王都へと戻ってきたのであった。
「フィロさんは助かりますか?」
「一命はとりとめていますが、とにかく全身の火傷がひどい。今、回復術師や医師を呼んで、医療班で対応していますが、意識が戻るのにもう少し時間がかかりそうです」
医療班の報告に、不安ではあるものの、ひとまず命は助かりそうであることにホッと胸をなでおろした。フィロは目を閉じたまま眠っているように動かない。
問題は、この事件の責任が誰にあるか、という話である。
フィロの仲間たちは、ソフィアを責めた。
「やっぱり『魔寄せの力』は呪いだったんだよ。まさかドラゴンの上に魔王まで呼び寄せてしまうなんて!」
「フィロ団長をこんなひどい目にあわせるなんて! 団長の意識が戻ったら、この責任は償ってもらうからな!」
魔王ナハトが現れたとき、我先にと一目散に逃げ出した仲間たちに思うところがないわけでもないのだが、結局は自分の呪われた力が悪かったのだという事実は変わらない。
ソフィア自身がそれに関して一番落ち込んでしまっていたのだった。
フィロが意識を取り戻すまで、外出する気にもなれなかったソフィアは、宿屋で取った自分の部屋に引きこもっていた。
そんな日々を過ごし、フィロの治療開始から一週間が経った頃。
ソフィアがベッドの上で体育座りしていると、不意に窓をコンコンとノックする音が聞こえた。
しかし、ここは二階だ。通常、人が窓をノックできる高さではない。
警戒しながら窓をそっと開けると、窓際に鴉が止まっていた。その色に戸惑う。
「赤い鴉……?」
これはたしか、「ガーネットクロウ」という魔物の一種だったか。
魔物が王都にまで入ってきていることに戸惑いが隠せないソフィアだが、さらに奇妙なことに、その鴉は手紙を結わえ付けられた脚を突き出してきたのだ。
「手紙を運びに来たから読め」ということだろうか。まるで伝書鳩だ。
嫌な予感がしつつも、ソフィアは鴉の脚から手紙をそっと外して開き、読んでみた。
読んでみると、やはり差出人は魔物を操る能力のある魔王ナハトである。
『魔寄せの娘よ、まずはお前と文通がしたい。ニンゲンは仲良くなりたい相手にこうして手紙を送り合うものなのだろう?』
ソフィアはカッと頭に血が上った。
我らがパーティーの団長を大怪我で瀕死の状態に追いやり、そのうえ自分を連れ去ろうとした男が、今更自分と文通がしたい? なにかの悪質な冗談と思うだろう。
(私を馬鹿にしているのか!? こんなふざけた真似をして……!)
ソフィアは怒りに任せて、その便箋をビリビリに破いて捨ててしまった。もちろん、返事など出すはずもない。赤い鴉は窓を閉めて追い返した。
しかし、それでもナハトは諦めなかった。
一日に何度も鴉を通じて手紙を送ってくるのだ。
『何を恥ずかしがっている? 交換日記から始めたほうが良かったか?』
『俺はまたお前に会いたい』
『お前のために、世界を手中に収めてお前と半分こしたい。好きな部分をくれてやってもいい。なんならお前に全ての陸地を捧げよう、俺は海だけでもかまわない』
そんな口説き文句が並んだ文面を見るたびに、ソフィアはげんなりとした。
そもそも、魔王ナハトと自分の価値観や思考回路が合っていないと感じたのである。
(私は世界の半分なんかいらない。そもそもこの傲慢さに溢れた文章はなんなんだ?)
ソフィアは手紙を読むたびに不愉快になり、便箋を握っている手が怒りでわなわなと震え、思わず力が入ってぐしゃっと握りつぶしてしまうのだ。
だんだん読むのも億劫になってきて、彼女は手紙を開くことすらやめた。返事もすることなく放置。
部屋に引きこもっているだけでも気分が晴れないというのに、毎日鴉が窓際でコンコンとノックする音がするものだから、余計に憂鬱になった。
さて、フィロの治療開始から二週間が経った頃、彼の意識がようやく戻った。
しかし、治療班からの報告は絶望的なものだった。
フィロは魔王から受けた魔法攻撃によって教会の人間でも解除不可能な強力な呪いを受けており、パーティーに復帰しても以前のように万全な状態で戦うことは今後難しいというのだ。
それを聞いて激怒したのはパーティーの面々である。
「お前のせいで団長はもう満足に戦えないかもしれない!」
「フィロ様がいなければ、この初心者だらけのパーティーはおしまいよ!」
さらに、パーティーの仲間の一人が、ソフィアの部屋を勝手に漁ったらしく、あのナハトから受け取っていた手紙を彼女の前に投げつけた。
「なんだよ、この『世界を半分こしたい』って手紙は!? お前、魔王と密通していたのか!?」
「これは違います! 魔王が一方的に送りつけてきたんです!」
あらぬ疑いをかけられ、ソフィアがいくら弁解しても、仲間は誰一人信じてくれない。
このままパーティーを追放される、ひいては王都からも追い出されるかも、と彼女は背すじに冷たいものを感じた。
しかし、そんな彼女のピンチを救ったのは、なんとフィロ本人だったのだ。
「ソフィアは何も悪くないよ。そもそも僕が彼女に『魔寄せの力』を貸してくれるように頼んだのが原因だ。力を完全にコントロール出来ないのも事前に聞いていた。それでも僕が無理を承知で頼み込んだんだ。どうか、彼女を責めないでやってほしい」
「いや、でも団長……」
「僕はソフィアをパーティーから追放したりはしない。呪いが解けるまでは最前線に立てないから他の前衛職をパーティーに勧誘するけど、僕は後衛で指示を出すくらいは出来ると思う。呪いとはいっても、万全の状態で戦えないだけで、日常生活に支障はないんだ」
さらに、フィロはある提案をした。
「魔王がソフィアに興味と好意を持っているらしいことは手紙の内容でだいたいわかった。なら、逆にソフィアが魔王を誘い出して、みんなでやっつけることは出来ないかな? 魔王を倒せば僕の呪いも解けるし、今まで僕らを散々苦しめてきた魔物だって、魔王がいなくなれば絶滅するはずだ。みんなで平和を取り戻そう!」
フィロの演説に、ソフィアは感銘を受けた。
彼は自分に優しいだけでなく、パーティーの仲間や世界平和にも心を配る、冒険者の鑑だ。
ソフィアはこのとき、フィロの魅力に惹かれているのを自覚した。
(私も、フィロさんの力になりたい……! 必ず魔王を討伐してフィロさんの呪いを解いてみせる。それに、魔物が絶滅すれば、私も安心してお父さんやお母さんのいる村に帰れる)
ソフィアは改めて、魔王を倒す決心をしたのである。
〈続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます