【進歩と代償】

文屋治

進歩と代償

 私達人類は気が遠く成る程に長い歴史の中、一歩々々着実に、屋根の瓦から落ちた微小な雨水が大きな岩を穿つかの様に進歩し続けて参りました。また、一重に進歩と申し上げましても、其れには様々なもの共が当てはまります。おおよそ其の不可能を可能にする科学然り、礼節や思考概念を統括する文化然しかり、そして、日頃私達が巧みに操り、互いに意思疏通を交わす言語然り、今読者の皆様がお読みに成られている小説然り、仮令たとえを挙げていては数頁ページが隙間なくビッシリと埋め尽くされる程に際限がないのでありますが、此の度の随筆の要となっておりますのは唯一つ、科学の進歩についてであります。

 二本の腕を振り、二本の足で器用に歩く私達人間の形容…敢えて、強いて申し上げれば肉体と云うものは次につづり示す様に、大きく分けて四つの段階の進化を成してきました。


 第一の形容、猿人アウストラロピテクス

 第二の形容、原人ホモ・エレクトス

 第三の形容、旧人ホモ・ネアンデルターレンシンス

 第四の形容、新人ホモ・サピエンス


 現代型の人類である新人ホモ・サピエンス、読者の皆様に分かり易い様に言い換えて申し上げるとすれば、私達人間の現在の姿は10万年程前に既に完成されているのでありますが、此れ以降の私達人間の進化の術にとある変化が起こりました。此の変化は感情と云う歪で不定形な概念を持ち合わせ、誰かを思いる事ができる私達人間だからこそ起こりえたと言えるでしょう。

 新人ホモ・サピエンスへと進化を遂げた私達人間は、己の肉体を進化させるのでは無く、道具や技術と言った所謂いわゆる、不都合な環境其のものを進化させることによって独自の進歩を遂げる様になったのです。此の進歩の術は実に画期的なものでありまして、私達の肉体其のものを進化させるよりも圧倒的早期に結果を得られ、私達人間の暮らしを豊かにするのです。しかし、此の現し世に金銭を無償に、際限なく生み出す打ち出の小槌が無いように、此の進歩の術には大きな代償を伴うのです。亦、其の代償は私達人間にとって何ものにも変えがたいものなのであります。

 代償、其れ即ち感情であります。

 早すぎる科学の進歩が私達人間の精神の進歩を瞬く間に追い越してしまい、今では感情の歳が幼い人間で溢れ返っております。

 感情と云うものは不定形なものであり、此れを培うには唯々努力し、誰かを思い遣り、数多くの悩みや苦悩を乗り越える他ありません。ですが、今の時代はどうでしょう。大概の事は努力せずとも答えが得られ、思い遣りよりも警戒を強める様になってしまい、常日頃の暮らしの中から悩みや感動を見出す機会がほとんど無くなってしまった現代において、世界から倫理観りんりかんを持たぬ者や極悪非道ごくあくひどうな犯罪が消えず、人間が堕落だらくして行くのは最早必然もはやひつぜんとも言えるでありましょう。

 進歩と代償、此の二つは切っても切り離せません。其れ故に、両者の繊細な均衡を私達人間は細心の注意を払って調整し、保ち続けて行かなければならないのです。まぁ、そうは申し上げましても、其れが至難の業なのでありますが。

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