付加価値

工事帽

付加価値

男が一人、暗い部屋で作業をしている。

手元を照らすライトが一つ。明かりはそれだけで、他に明かりは点いていない。天井付近にある蛍光灯も消されている。まるで人目を憚るように。


男の手元にはカップ麺があった。

そして暗い部屋の中には同じカップ麺が大量に積まれていた。

数個ではない。

数十か。それとも数百か。

大量のカップ麺に囲まれた男が一人。ただ一人だけその部屋に居た。


その日、発売したばかりのカップ麺は、発売前から話題となっていたこともあり、いくつかの店では日が替わり発売された直後から完売していた。

男の部屋にあるカップ麺もそうだ。男自身が、深夜のコンビニを回って買い集めてきた。いや、買い占めてきた。


男はカップ麺の蓋とケース、その間に慎重に針を差し込む。

食べるのであれば蓋を剥がせばいいだけのことだ。しかし男は蓋を剥がさずに、慎重に針を差し込む。そこに穴があるのを気付かれないように、慎重に。


差し込んだ針は、注射器の針だ。

シリンダーには黄色っぽい液体が入っている。

男はその液体を、わずかに、慎重に、カップ麺の容器の中に流し込む。

流し込まれた液体は微量だ。誰かが蓋を開けて中を見たとしても、気付くことはないだろう。


そして男は、針を抜いて蓋とケースの隙間を確認する。

満足のいく出来だったのか、男はカップ麺を置き、次のカップ麺に手を伸ばす。

一つ、一つ、慎重に、同じように、いくつものカップ麺に液体が注入されていく。

注射器の中の黄色い液体は、なくなる度に、茶色い小瓶から補充される。

小瓶の中も空になると、新しい小瓶の蓋が開けられる。

一つ、二つ、三つ。

男の周囲には空の小瓶が乱雑に転がっていく。


半分ほどのカップ麺に液体を注入したところで、男はスマホからフリーマーケットのサイトを開いた。

出品したカップ麺の売れ行きに、男はニヤリと顔を歪める。

フリーマーケットには、男以外にも同じカップ麺が多く出品されている。そしてそのどれもが定価の十倍以上の値段がついていた。

男はサイトを閉じた。そしてまた、一つ、一つ、慎重に、同じように、いくつものカップ麺に液体を注入していく。


男が全てのカップ麺に液体を注入し終わる頃には、暗い部屋にはカーテン越しの光が差し込んでいた。

男は少しだけ明るくなった部屋の中で、再びフリーマーケットのサイトを開き、落札者の住所を書き込んでいく。

小箱にカップ麺を入れ住所を張り付ければ、作業は終わったも同然だ。早ければ明日には落札者の手元に届くだろう。


男は歪んだ笑みを浮かべたまま、カーテンを開ける。

明るくなった部屋。転がる茶色い小瓶には『滋養強壮、栄養補給に』と書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

付加価値 工事帽 @gray

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ