第14話
夕食を食べてから一知華が車で自宅まで送ってくれた。
「あんた……」
『本当に大丈夫なの?』
一知華はその言葉を呑み込んだ。自分から帰ると言ったのだ、水を差したくない。
「なに?」
「途中でなにか買ってく? 飲み物もなにも無いわよ」
「あ、そっか!」
「しょうがないわね、全く。今日は私が出してあげるから好きなもん買いなさい。あそこのスーパーでいい?」
「わ、サンキュー!」
哲平にも一知華の心遣いは伝わっている。
(ありがと、いち姉ちゃん)
口に出さずとも互いに伝わるものがある。断りなどせずに、喜んで買ってもらった。
「米と味噌も買う」
「お米? まだ二泊三日なのに?」
「ちゃんと米があれば他に行かずに済むからね。しばらくは家で過ごしたいって今日思えたんだ」
「そう! じゃ新米買お!」
涙が落ちそうになり、一知華は急いで米を取りに行った。一番いい米を掴む。5キロを2つ。ついでに米に付く虫よけも。
カートを押して行ってみると、哲平はまだ味噌を見ていた。和愛はいい子で大人しく抱かれている。
「あれ、2つ?」
「虫よけも買ったから。10キロの袋開けるよりいいでしょ?」
「……ありがとう」
「今回だけよ、いいわね? 味噌は?」
「これにする。商品が変わっちゃっててさ、千枝が使ってたのが無いんだ」
「もし見かけたら買ってあげるわ。覚えてるから」
冷蔵庫に入っていた味噌は一知華が本家に持ち帰った。だから覚えている。
マンションに着くと、一知華が和愛を抱っこした。荷物は哲平が持って上がる。その短い道中で昼間のことを話して聞かせた。
「あんた、気を付けなさいよ。そういう人って何かと言っちゃ押しかけて来るから。最初が肝心!」
「気を付けたいけど。あのマシンガントークには負けるんだ」
「賑やかでいいじゃないの」
そんな外部からの刺激もいいかもしれない。自宅に引きこもってしまったら、とまた心配になる。
「今日土曜だけど。明日はどうするの? 病院に戻らなきゃでしょ?」
「うん……明日は華に頼むよ。いろいろ話したいことがあるから」
「分かった。じゃ、なにかあったら電話して。夜中でもいいから」
一知華が帰って、哲平は和愛とパジャマに着替えた。新しい積み木に驚く。
(すげ……オリジナル積み木? 全部白木…… 部長、ありがとう!)
着替えさせたパジャマも部長からもらったものだ。
(あ、水通ししてない……ま、いっか)
明日は早くに起きて洗濯しようと思う。
いろんなことが繋がって、この『今』に辿り着いた。
(みんな。助けてくれてありがとう。お蔭でこの家で眠れるよ)
悪い夢も見ず、和愛と久しぶりのベッドでぐっすりと眠った。
「すごいね! 自宅に帰れたんだ!」
華は興奮している。自宅に寝て、朝は6時半に起き朝食を作って和愛と食べた。洗濯もし、すでに取り込んでいる。そして4時半に華に迎えに来てもらったのだ。
「悪いな、病院との送り迎えとか頼むと思う」
「そんなのいいよ! みんなも喜ぶって」
「……お前には本当に迷惑かけてる。ありがとう」
「やめて。『ありがとう』はいいけど『迷惑』は余計。だって迷惑してないし」
そうは言われても、華にはどれほど恩を感じているか……だが、そんなことを言えば怒るだろう。
その次の週からは、華、または実家の誰かが自宅に送ってくれるようになった。自宅でのリハビリだ。担当の栗原医師も驚くべき回復だ、と大喜びだった。
そしてさらに大きな変化が訪れる。哲平は堂本家の両親に連絡を取ったのだ。
「ご無沙汰しています」
『哲平……哲平なのか!?』
「はい。和愛を何度も面倒見てくださってありがとうございます! 実は今、自宅からかけてるんです」
『自宅って、ご実家じゃなくて?』
向こうはスピーカーにしているから二人で話しかけて来る。
「はい、自分の家です。和愛と生活を始めました。だから今度来ませんか? 俺の手料理、ご馳走します!」
『てっぺ……』
電話の向こうで大きな泣き声が上がた。
華が遊びに来て、部長が遊びに来て、ジェイが、広岡が、みんなが遊びに来てくれた。その都度手料理を振舞う。料理はリハビリにいいと聞いたから、レパートリーを増やしつつみんなに食事で恩返しをしていく。
「和愛…… 父ちゃんな、たくさんの人に救われたんだ。今も救ってもらってる。母ちゃんがいないのは……すごく寂しいし悲しいけど、でもみんなが支えてくれるんだ。いつかはお前も嫁に行くんだよなぁ…… そしたら……たくさん、子ども作れよ。父ちゃんの我がままだけどさ。お前を嫁にくれってヤツ、どんなヤツかな。半端な男なら父ちゃんがぶっ倒してやる。お前は父ちゃんの宝だ」
とうとう退院の日が訪れた。涙は無かった。哲平には喜びが満ち溢れている。
迎えに来たのは本家の両親と部長だった。一緒に栗原医師や平田看護師たちに頭をさげた。
「頑張りましたね! 私たちも嬉しいです。なかなかこんなに症状が改善する方はいません。それでもなにかあったらどうぞ頼ってください。いつでも力になります」
「ありがとうございます。哲平が……宇野がお世話になりました。先生方には感謝しかありません」
部長は泣いていた。その背中を哲平が擦る。
「俺、これからは妻の分まで人生を楽しみます。娘の中に妻が生きている……今はそれをはっきりと感じています。和愛を大切に育てることが今の俺の喜びです!」
車の中で部長は繰り返した。両親の車は後ろからついてきている。
「会社や俺に感謝なんてするなよ。そんなことはどうでもいいんだ。それより自分と和愛との生活だけ考えろ。もし転職するならギリギリまで休職手当もらえよ」
「転職しませんって。ただ……時間はまだかかると思います。待っててもらえますか?」
「もちろんだ! 戻ると言うのならいくらでも待つよ。でも無理だけはしてくれるな」
「はい」
(部長……あなたがいるから戻りたいんだ。俺を見捨てないでくれた。あれだけひどいことしたのに。華たちと一緒に支え続けてくれた。戻ります、必ず)
哲平は我を失うほどに千枝を愛しぬいた。そして今、和愛と共に生きていく決心をした。
再び哲平の人生が華開く。得難い仲間たちに囲まれて。
――『絆物語』完――
(番外編『広岡さんと莉々ちゃんと』へ続く)https://kakuyomu.jp/works/16817330658102654591
暗い話が続きましたね。
次はちょっとコメディチックです。
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