第144話 第四章エピローグ

 イーサ王国南西部にある街一番の広場。

 そこには老若男女分け隔てなく何百何千という数の人々が集まっていた。


「それではっ、勝利を祝しまして!」

「「「かんぱーい!!」」」


 中央にある豪華なステージの上では、町長だというチョビ髭の男性が音頭を取る。

 彼の声に応え、広場中から割れるような大歓声が起こった。


 人々は屋台で買った飲食物を口にし、あちらこちらでイーサ王国特有の打楽器や弦楽器が鳴り響き、誰もが笑顔で広場や大通りを歩く。

 そんな賑やかな広場の片隅に、一つのモニュメントがあった。


 大人と同じくらいの直径を持つ球で、頭の上には帽子の代わりみたく空間拡張袋が乗っかっている。

 街の人々が電飾のアーティファクトで飾り付けた結果、レモン色の体の表面で赤青緑黄とカラフルな灯りが点滅していた。


 例によってオレである。

 自由に動くとパニックが起きかねねぇからここに居るよう頼まれたのだ。


 実は開会式の序盤では、オレの周りに人が集まって色々やったりもしていた。

 土蛟を討伐したからってのに加え、オレ一人じゃ食べきれねぇ分の土蛟の肉を提供したからそのお礼って面もあった。

 なお、空間拡張袋を被っているのはスペース削減のためである。


「おぉ……っ、貴方様が地神を討ち倒されたという……」

『あ、はい。そうですよお婆さん』


 『本日の主役』と書かれた鉢巻をしているせいか、はたまたオレの容姿が街中に広まっているせいか。

 杖を突いた老女は、迷わずそのパーリーピーポーな物体に声をかけて来た。


「おおおぉ……ありがとうございますありがとうございます、娘の仇を取ってくださりありがとうございます。何とお礼を申し上げれば良いか……」

『いやそんな、気持ちだけで充分っすよ』


 そう答えるも、老女はありがとうございます、ありがとうございます、とまじないのように何度も呟き、その度に首を上下に揺らしていた。

 少しして家族と思しき中年男性がやって来て、彼は一度深く頭を下げると、老女を連れて去って行った。


 それからもオレへと熱心に礼を言う人間は何人も現れた。

 頻りに感謝を伝える彼らの姿は、どこか悲哀を押し殺しているようにも見えた。


 世界のためだから仕方ない、なんて簡単に割り切れるはずがねぇ。

 オレが地神を討ったと聞いて、居ても立っても居られなかったのだろう。


「(悼む祭り、か)」


 中高生くらいの子達がステージで厳かな舞いを踊っている。

 召命にあった者達へ捧げる伝統舞踊だと聞いていた。

 きっと、こういうことは遺された者のためにも必要なんだろうな。


「コウヤ、これ美味しかった」

『お、サンキュー』


 ちょうど来訪者が途切れた頃、人混みの合間を縫うようにしてフィスが現れた。

 彼女がくれたのは果物を飴で閉じ込めたりんご飴みてぇなお菓子。

 食べてみると飴は甘く、中の果実は不可思議なことにほどよい塩味があり、一本ぺろりと平らげられた。


『〖マナ〗の濃い食べ物は何つーか、旨味の暴力っつーのか? ただそれだけで旨いけどさ。こういう美味しくなるよう調味料とか調理法とか工夫したお菓子も良いよな』

「ん、味わい深い」


 そんな風に飴の感想や面白かった露店について聞いていると、ポツリとフィスが溢した。


「ありがとう、土蛟を倒してくれて。私は、何も出来なかった」

『んなことねぇよ。フィスは〖エリアアイソレーション〗が突破された時に備えて待機してくれてたろ?』

「でもコウヤが負けてたら、きっと何も出来なかった。実力差、理解してる」


 どこか遠くを見ながらそう言って。そして二の句を継いだ。


「だから私は、修行の旅に出る」

『んん?』

「私には、クリッサを救うことも、コウヤの隣に立つことも、出来なかった。友達を守れないのは、もう嫌だから」

『それで武者修行って訳か』

「ん、しばらくお別れ」


 オレとフィスじゃ〖レベル〗が違い過ぎるし、そうなっちまうか。

 電話なんて無いこの世界じゃ再会がいつになるかは分からねぇ。

 ……寂しくなるな。


「借りてた装備も、返す」

『貰ってくれて構わねぇぞ。ほら、こんな体型ナリだし人間用の武器は使えねぇからよ』

「ううん、自分の力がどこまで通用するのか、試したいから」

『そう、か……。けど鎧だけは持って行ってくれ。死んだりしたら悲しいぜ』

「分かった。……ふふ、本当に、コウヤは優しい」


 こちらを振り返ったフィスの口元が、僅かに緩んでいる。

 微笑んでいるのだと遅れて気付いた。


「魔獣だって知って、初めは怖さもあったけど、コウヤはコウヤだね」


 そうして彼女は祭りの雑踏の中に戻って行った。

 その次にやって来たのは二人組の防人。クリッサ、キサントスの親子だ。


「祝勝祭、楽しんでるっスか?」

『見ての通りだ、満喫してるぜ』


 電飾塗れの体を揺らして見せた。

 それを見て苦笑いをしたクリッサは、鞄から団子のような食べ物を取り出す。


「コウヤさん身動きできないかも、てことで買って来たっス。コウヤさんには返し切れない恩があるっスから」

『土蛟倒した後に何度も言ったが気にしなくていいぞ。オレは〖亡獣〗と戦ってみたかっただけだしな』

「そうは行きません。私は父として、防人として、貴方への恩を忘れない」


 有無を言わさぬ口調で言い切られた。


「それでは失礼、仕事に戻らせてもらいます。祭事の時ほどトラブルは起きる、気を引き締めろよ」

分かわぁってるよ親父」


 そうして二人も去って行き、しばらくの時が過ぎた。

 ステージでの出し物も終わり、子供は寝る時間になったことで人通りも減って来た。


 オレもそろそろ自由に動いていいだろう。

 この約一ヵ月で信用を得たのか、それとも〖亡獣〗相手に監視は無意味と割り切られたのか、特に付き添いとかは見当たらねぇしな。


「(浮遊、と)」


 体を構築するアーティファクトに〖マナ〗を込めて浮かび上がった。

 そうして向かうは街の中心、賢人塔だ。


 城壁の上を通り抜けると、煌々と明かりを灯す大型研究所が見えた。

 祭りの日にもかかわらず、タナシスを始めとする学者達は土蛟や封印装置の実験に夢中なのだ。

 まあ、実験結果は後で共有してもらうのだし、オレとしちゃありがてぇんだが。


 それを流し見ながら着地したのは、賢人塔最上階のバルコニー。

 そこに目的の存在が居ることは、〖Uアップデート〗の効果で分かっていた。


『お邪魔するぜ』

「許可を出す前に入らないでください」


 賢人に叱られながら、研究室と思しき室内に入る。

 何をするでもなく窓際から祭りの光を見下ろしていた彼女に、オレは声を掛けた。


『祭り、出なくて良かったのか?』

わたくしにあそこに立つ資格はありませんから」

『罪悪感、か』

「凶級疑似魔像機の中でも、わたくしは最も人に近い精神こころを培うよう育てられましたので」


 ならば尚のこと参加すべきだと思ったが口を噤んでおく。

 彼女に怒りを向ける遺族が居ないとも限らねぇし、それに何よりぽっと出の部外者が口を挟むようなことじゃねぇよな。


「折角です、改めて礼を言いましょう。ありがとうございます、多くの民を救ってくださって」

『今日はよく頭を下げられる日だな』


 おどけてそんなことを言ってみた。


「それはそうでしょう。貴方はこの国の救世主ですから。今後何百年と掛けて恩を返させていただきます。そうですね、近く訪れる世界の滅びの際にはこの国に避難するといいでしょう。貴方の頼みでしたら他の方も出来得る限り受け入れますよ」

『……世界の滅び?』


 何やら不穏な単語が聞こえ、思わず聞き返す。


「えぇ。星の神の託宣です。曰く、大いなる滅びが迫っている、地上は混沌の坩堝と化すだろう、と」

『またかよ! この国の神どいつもこいつも物騒過ぎるわ! 今度はどんな魔獣なんだ? オレがまたブッ飛ばしてやるよ』

「いえ、星神は地神のような神格化された災害ではありません。世界の基盤にして天地を満たす〖マナ〗の根源の仮称……と、口で説明するより見せた方が早いでしょうね」


 言って、彼女は部屋の奥にあったアーティファクトに向かう。

 ディスプレイや操作用のボタンが備わったそれは大きめのパソコンと形容するのが近いか。

 解析したところ、遠方と情報の受け渡しが出来るらしい。


 それに賢人が触れる、その寸前、アーティファクトは独りでに起動した。


『称賛せん、異界の者よ。よもや覚醒より一年と待たず第五階梯グランドフィフスに至るとは。汝こそ〔星界ガイア〕を救う絶後の希望なり』


 聞こえて来たのは機械音。

 アーティファクトのディスプレイには、半身を食い千切られたナニカの姿が映っていた。

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