第135話 工房

「今日はアーティファクトを作るんだっけ?」

『そうだぜ。“巨像”の素材を渡すついでに工房を使わせてもらうことになってんだ』

「工房?」

「アーティファクト、作ってるとこ、だったはず」


 ポーラ来訪から数日。

 オレ達は地底の街の大通りを歩いていた。向かう先、坂の上にあるのは天高く聳える灰色の塔だ。

 タナシスの勤め先であり、今もそこでオレ達を待ってくれている。


 なお、ポーラのことはタナシスにも先日紹介した。

 案の定質問攻めに遭ってたが、ポーラ自身も魔法の理解を深めてぇのか、二人してかなり話し込んでいた。


「初めて見たけど凄いよね、アーティファクトって。マナクリスタルにこんな使い方があるなんてちっとも考えなかったよ」

「同意」

「俺はアーティファクトが無い生活ってのの方が想像できねーけどなー。てかマナクリスタル自体は地上にもあったんだろ? アーティファクトにしねーなら何に使ってたんだ?」


 前を歩くクリッサが肩越しに振り向いて訊ねる。それはオレも感じていた疑問だった。

 マナクリスタルを食べると〖マナ〗が回復する、ってのはオレみてぇに鉱物を消化できる魔獣の話だ。


 普通の人間にそんなこと出来るはずもなく、なら何に使われていたのだろうか。

 そんな謎の答えはポーラから帰って来た。


「普通に魔法の基点にされてるけど……この国ではそうじゃないの?」

「基点……?」

「例えば〖光属性〗の魔法使いが居たとして、永続系魔法を使わずにずっと辺りを照らし続けることはできないでしょ?」

「それはそうだな。〖マナ〗が足りなくなるし、そもそも意識がどっかで途切れちまう」


 クリッサが答えた。

 発動者の意識が途切れると大抵の魔法は中断されるらしい。


「でも魔法を発動する時にマナクリスタルの〖マナ〗を使えば半永久的に維持できるんだよ」

「えっ、魔法って自分の〖マナ〗以外でも発動できんのか!?」

「うん。〖マナ〗供給源を他に用意するのは高等技術だし、発動には手間も時間もかかるけどね。主な用途は街灯とか障壁とかかな」


 マナクリスタルは大気中の〖マナ〗を自動で吸収する。

 だから消費量が吸収量を上回らねぇならずっと持つってことらしい。

 魔法の薀蓄を知れたところで目的地が近付いて来た。


『近くで見るとデッケぇな』


 小山に被せるようにして作られたこの街、その中心部。小山の頂上に当たる位置の賢人塔。

 街のどこからでも見えるそれは、他の石造りの建物とは一線を画す巨大構造物だった。

 周囲にはぐるっと外壁が設置されている。


「防人長のキサントスだ。地上からの御客人をお連れした」

「「ハッ、お待ちしておりました!」」


 賢人塔の外壁を警備していた防人二人が敬礼に似た動作をし、道を開けた。

 オレ本来のサイズでも潜れる程の大門を歩いて通る。


「懐かしーぜ、十年ぶりか」

「来たことあるんだっけ?」

「あぁ、賢人参りの時にな」

『賢人参り?』


 聞けば、それはこの国の行事らしい。〖属性〗に目覚めた子供達を賢人塔に集め、お祝いや検査をするのだとか。


「普通はその一回くらいでしか入れねーんだが……まっさか次来るのがこんな形になるたぁ思わなかったぜ」


 口端を吊り上げ、どこか皮肉気に呟くクリッサ。

 まあ千年もの間閉鎖されてたんだし、外から人間が来る可能性なんて予想できねぇか。


「着いたぞ」

『ここが工房か』


 そうしてオレ達がやって来たのは賢人塔……ではなく。その周囲に設置された倉庫みてぇなデカい建物である。

 賢人塔には祭事用の部屋や学者の研究室があり小規模なアーティファクト製造は可能だが、本格的な製造ではこちらの巨大工房を使うらしい。


「おおッ、皆様! お待ちしておりましたぞ!」


 中に入るとタナシスが今か今かと言った様子で待っていた。

 建物内は特に区切りのない空間で、“巨像”を出すと思しきだだっ広いスペースと、謎の機械が所狭しとと並ぶスペースに別れていた。

 なお、だだっ広いスペースの奥では、タナシスの同僚と思しき集団が遠巻きにこちらを凝視している。


『そんじゃぱぱっと渡しちまうか、あそこで良いんだよな?』

「ええ、ええ……!」


 ガクガクと首を振るタナシスに促されるがまま“巨像”を取り出し、パーツごとに並べる。各種武装も一緒だ。

 オレとの戦いでボロボロだったはずだが、それらには細かい傷はほとんどねぇ。


『〖武具格納〗、と。前に言った通り〖スキル〗で直せるとこは直しといたぜ』

「いやはや感謝の言葉もございませんのう、これが謝礼となりますそれではっ」


 早口で言い切った彼は脇に置かれていた木箱を指さしたかと思えば、次の瞬間には“巨像”の方へと走り出していた。

 それは他の学者も同様で、どこか砂糖に群がる蟻を思わせた。


 オレは後ずさるようにして距離を取りつつ、貰った木箱の中身を見る。そこには細かな意匠の施された金属貨幣がぎっしりと詰まっていた。

 事前に聞いた金額が本当なら、ランチセット十万食を軽く上回る金額だ。


「〖エリアホール〗、木箱ごと入れちゃっていいよ」

『ほいっと』


 報酬をポーラに収納してもらった。

 面倒だし正確な金額は数えちゃいねぇが、誤魔化されてはいねぇと信じよう。

 それよりもオレ達は……。


「たはは、すみませんウチの連中が」


 長身瘦躯の男性に声をかけられた。

 優男と言った風貌で、服装からして恐らく学者の一人だろう。


「皆さんのアーティファクト製作の指導を担当することになった者です、まずはあちらへ向かいましょう」


 どうやらタナシスに押し付けられたらしい、と察したオレ達は黙って付いて行くことにした。

 案内されたのは工房の一画。長机のようなアーティファクトが何列にも並べられている。


「この横に長い台がアーティファクトを作るためのアーティファクトです。コウヤさんもこれで良いんですよね?」

『はい、〖スキル〗でも出来ますけど実際にどうやって加工してるかも知りたいんで』

「分かりました。それでは毒蛙の案ずるより油を飲む産むが易しと言いますし、実際に動かしてみながら作り方をお教えしますよ」

『うっし、お願いします!』

「コウヤ君は気合十分だね。たしか疑似魔像機が作りたいって言ってたっけ」

「うーん、さすがに一日で疑似魔像機をは難しいかもしれませんが玉を得るには千里の道も石を掘れ一歩からです。皆さんは一月ひとつきほど居られるとのことですし、じっくりと学んで行きましょう」


 ──こうしてオレ達はアーティファクトについて学び始めたのであった。

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